ボディ プロファイル

海岸のそばの喫茶店、海の見えるオープンテラス。
ぼくの目の前に里美は座って微笑んでる。
珍しくフォーマルな白いスーツがまぶしい。
彼女はぼくの恋人で、そしてもうじきぼくの妻になるはずのひとだ。

数日前ぼくは彼女にプロポーズした。
里美は恥ずかしそうに「うん!」とうなずいてくれた。

紅茶のカップを持つその姿さえ可愛いと思う。ほんとうに。

すでにベッドでの相性も確認済み。ノープロブレムだった。
ゆうべだって二人であんなに激しく‥‥
これは昼間から考えることじゃないか。

「あれ? なんか、今いやらしいこと考えてたでしょ?
 オヤジモード全開のスケベ顔だったよ」
「そんなことないよ。全然ちがうこと」
「そうかなぁ。まぁ私に関することなら別にいいかな、とは思うけどね」
「当然それは里美のことだよ」
「ほら、ひっかかった」

やられた‥‥

海ではたくさんのボーダーが、波待ちで浮かんでいた。
ぼくも里美も、一緒に人生を過ごせる相手を、やっと見つけたんだと、
実感していた。この日までの時間がとても長かった気がする。

「あ! そうだ。忘れないうちに、はい、これ」
里美はいつも持っている大きなバッグから、クリアファイルを取り出し、
ぼくに差し出した。
「?」
「ほら、私のボディプロファイル。一応ね。
 結婚するって決まったんだから、渡しておこうかと思って。
 なんか最近、結婚前にこうするのが普通になってるみたいだから」

ボディプロファイル。

はるか昔からプチ整形とか、様々な肉体の改変は行われてきた。
僕らの時代になって、それは劇的な変化を遂げた。
シリコンではなく、1週間で肉体に同化してしまう物質が発明され、
どんな形にでも体をいじることが可能となった。

ただしそれで遺伝子が変わることはないので、
当然のことながら、子供は親達の元の姿に似て生まれてくる。
だから、結婚しようとするカップルのあいだで、
手術の概要と元の顔や姿の写真を交換することが一般化し始めていた。
その書類が目の間にあるボディプロファイルだ。

それを見て、あまりの落差に別れてしまうカップルも昔は多かったそうだが、
今はあまりにも普通のことで、何もしていない相手を探そうとしても、
そちらのほうが困難な状況にあって、そんな話は聞いたことがない。

「じゃ、これぼくの」
「あなたもおなじこと考えてたんだ。じゃこれ、今見ていいよね?」
「どうぞ」

彼女がファイルを手に取り読み始めた。
平然を装ってはいたが、僕の胸はしめつけられるように痛んだ。
彼女がくれたほうを読む気なんて全然起きない。
そりゃそうだ。
今彼女の読んでいる書類には、ぼくのすべての姿が書かれているのだから。

きっと彼女の顔は、じきにひきつるに違いない。
あるいは怒り出すかもしれない。泣き出すのかもしれない。
どんな運命が待ち構えていようとこうするしかなかった。

なぜなら、そこに添付された高校生のときの写真では、
『ぼく』はセーラー服の姿で微笑んでいる女子高生なのだから。
『ぼく』は高校卒業と同時に、『男』になった。

里美は真剣な顔で渡したプロファイルを読んでいる。
息をすることも出来ない時間が延々と続く。
紅茶を飲もうとして、自分の指が震えているのに気付いた。

ファイルを閉じて里美の顔がこちらを向く。
驚いたことに、彼女は微笑んでいた。
さっきまでと同じように素敵な笑顔がそこにあった。
そんなはずは‥‥

「里美‥‥ あの‥」
「なるほどね〜 こういうこともあるんだ〜」
「だから‥‥ ぼくは‥‥」
「ストップ!」
「え?」
「話はいいから、私のほうも読んで」
「だから」
「ともかく読んで。話はそれから」

有無を言わさぬ里美の態度にいつもと違うものを感じ、
僕はその言葉に従った。
そしてあっというまに読み終える。

僕の手元のプロファイルに挟み込まれた写真には、
可愛い顔をした男の子が映っていた‥‥

顔を上げると、里美が笑ってた。

「ね、私が笑ってたのがなぜか、わかったよね?
 不思議よね〜 見た目は普通のカップルなのに、
 私とあなたって、元おとこと元おんなの組み合わせ。
 もしかしたら、これって神様のいたずらかもね」

書類によれば、二人とも性転換後に生殖能力まで形成されていて、
つまるところ‥

「もうじき私たちって普通の夫婦になれるんだね」
全ての点において里美の言う通りだった。
夢にまでみていたことがもう少しで現実のことになる。

心に引っかかっていたものが跡形もなく消えうせた時、
テーブルをはさんで、ぼくらは互いに見つめあった。
その表情の奥を見たくて顔を寄せる。

ぼくは里美にキスをした。
喫茶店にはたくさんの人がいたけど、一向にかまわなかった。
唇を離した後も、里美は口元に余韻を残したまま目を閉じていた。

かわいいよ、里美。
4歳年下の彼女が、いつになく美しく見えた。

来月の君の誕生日には、なにをプレゼントしようかな?
君が喜んでくれるものを、ぼくは精一杯探しまわるつもりだ。

なんたってこんどは誕生日と一緒に、
君の古希のお祝いもしなくちゃいけないからね。

 

End

 

 

2004/10/08