ひとつ余計

いつの頃からだろうか。
それに僕が気づいたのは。

今もコンビニの帰りなのだが、手に提げた袋の中身が
さっきからどうも、ちょっと重すぎる気がしてた。

立ち止まりそっと覗いてみる。

やっぱり……
一本のはずの牛乳パックが二本入ってる……

何かを買ったり手に入れたりすると、
いつのまにか個数がひとつ多くなってる。
必ずというわけではなく時々。

それなりにルールがあるようで、
10個買ったら1個、5個で1個、そして1個でも1個。
つまり、いつでも余計なのはひとつ。

最初の頃は気づいてすぐに返しに行ったりした。
子供の頃から親に正直が美徳であると躾けられてたので、
自分からすれば普通の行動だった。

しかし、不思議なことに店の主人は一向にとりあわない。
僕の主張は完全に無視され、問題ないとくりかえされる。

幾たびかそんなことが繰り返され、
割り切れない思いを引きずったままだった僕は、
高校生の時に、訝る相手に対し在庫を確認するように求めた。

僕の剣幕に、相手は機嫌の悪い顔でバックヤードに入ってゆく。
驚くべきことに、レジと実数在庫に狂いはなく、
僕の手元にあった「ひとつ余計」なものは、
その場所にあったものではないと証明されてしまった。

そしてわかったことは、この現象を解消しようとすると、
当事者も周りの人間も非常に不快感をあらわにし、
僕に対し強烈な怒りさえ向けてくるという事実だった。

実際そのとき、僕はその店主に殴られる寸前だった……

その日から、僕はこのことを気にしないようにした。
誰かに言ってどうなるものでもない。
損する人がいなくて、一方で僕が万引きの罪に問われるわけでもない。

そして、そこそこの暮らしで十分な僕は、
多額の利益を得るためにこの現象を利用する気は無かった。


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「夏の北海道!」
旅行代理店のちらしの前で立ち止まったのは、ほんの偶然だった。
ラベンダー畑の鮮やかなパステルカラーが、僕の目を捉える。

大学4年。予想外に春のうちに就職も決まり、
その結果夏休みのスケジュールは完全に空白になっていた。

富良野・函館……
前からなんとなく行きたいと思っていた場所ではあった。

突然、あのコが隣にいて同じ景色を見てる場面が頭に浮かんだ。
オイオイ… そりゃ無茶だ。

ゼミで一緒のコ。控えめでまじめなタイプ。
化粧とかファッションとかも派手じゃなく。
でも彼女に対する僕の思いなんて、かけらも伝えたことがない。
だから、旅行になんて、ハナから無謀な話だ。

しょうがない。一人で行こう。友達はまだ就職活動中だし。
そう考えて、窓口に行き、早速手配をした。

部屋に戻って、もう30分も僕はチケットを見つめている。
そこには二人分の宿泊と交通機関が手配されていた。

多分、旅行会社はミスを認めないだろう。
いや、彼らとしてはミスでもなんでもないわけだし。
解約すればいいんだけど、その分お金が返って来るのも嫌だし。

行く先々で「都合悪くなって一人です」と言い訳すりゃいいか?
でも…… それならこの際…… って…… 考え方も……


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「あのさ」
「な〜に?」
心臓がもうバクバクだ。

「夏休みに、北海道に、行かない?」
「え?」

ゼミの部屋。研究室には僕と彼女の二人しかいなかった。

「だから、あの、僕と」
「あなたと? その… え、北海道?」
「そう」
「えっと、他の人とかは?」
「いや、二人だけ」
「…………」

彼女の目が僕に詳細な説明を要求していた。

ずっと前から好きだったこと。
就職も決まり、もうチャンスがなくなる今、
気持ちを振り絞ってこの行動に出たこと。
仕方なく、全てを話す。『余計』なこと以外は。

「……考えさせて、ちょっと」

彼女と別れたあと家に帰った僕は、自棄酒を飲んでいた。
「考えさせて」という言葉はそのままの意味でないことが多い。
多分、あれは彼女の優しさから出た言葉で、
「残念! ちょっとその気にならないのよね〜」
とか、普通なら単純にその場で断るんだろうけど。

やっぱり言うべきじゃなかったか…… 突然旅行なんて
僕はグイッとグラスをあおった。

その時、ケータイがメール着信の音を立てた。
おそるおそるふたをあける。

「北海道、オッケーです。今日は驚きました、ほんとに。
 だって、そんなふうに私を見ていたなんて思いもしなかったから。
 細かいことはまた明日にでも会って、お話ししませんか?」

ラッキーなことに、その後彼女と付き合っている間、
「ひとつ余計」な事件は全くカゲをひそめる。
理由はわからないが、その事実は喜ぶべきことだと、
僕はそう素直に受け取っていた。


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僕は、神父さんの前に一人で立っている。
後ろでは沢山の列席者が長いすに座っている。
社会人となって3年が経ち、二人はこの日を迎えた。
もうじき彼女は僕の隣に来る。そう、妻となるために。

結婚行進曲が鳴り響いた。人々がそろって入り口に注目する。

僕も横目でヴァージンロードを見た。

そして… ありえない光景を見て僕は愕然とする。
そこには二人の花嫁がいたのだ。
一人は彼女、もう一人は…

そう、その女性は高校のときに好きだったコ。
誰にでもある、思いを打ち明けることもできずに終わった恋。
そんな片思いの相手。

両方とも父親がエスコートで、四人が並んでこちらに向かって来る。
女性二人は同じように喜びと気恥ずかしさと緊張をその表情に浮かべている。

事態の異常さに輪をかけているのが参列の人々だ。
おだやかな顔で式の次第を見つめるその顔に、
二人の花嫁の存在に違和感を覚えている様子がない。
おかしいと思ってるのはこの中で僕だけだった。

混乱した頭の中で、やっと気づく。
ひとつ余計……
今回はよりによって花嫁が二人か。

二人が到着し、それぞれが僕の両脇に自然につく。
あわててポケットを探り念のため指輪の箱をあけてみた。
ちゃんと指輪は四つあった。

なんだ、たまには気が利いてるんだ。サービスいいんだ。
そう思ったとたん、安堵の笑みがこぼれてしまった。

……僕はそのとき、運命に抗うのをあきらめていた。


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「しかし、オヤジってかなり不思議なヤツだったよな」
「うん」
おそらく兄妹なのだろう、よく似た顔立ちの二人が墓石の前にいる。

「だいたいうちの状態ってどうみても重婚罪だろ?」
「だよね。役所の方だって普通受け付けないでしょ、あんな届け」
「あぁ。ほんとに謎だよな。結婚式も3人でやったってゆうし」

「あとさ、取り合いで喧嘩しないように、ってことで、
 俺とお前におもちゃをひとつずつ買ってくること多くて」
「で、それが時々意味も無く3個なんだよね〜」
「そうそう。理由聞いてもオヤジ答えてくれなかったな、いつも」

「でも…… すげぇ優しい親父だったよな」
「うん。アタシのママなんか、まだ恋してる感じ」
「こっちもおんなじだな」

二人は記憶の中にある断片をたぐり寄せ、
在りし日の父親の姿を次々とまぶたの奥に並べていく。

「でも、なんでパパあんなに早く死んじゃったんだろ?」
「聞いてないのか?」
「なんかママ、思い出すのも辛いって話してくれないんだ」
「普通じゃありえない複合疾患だったって、まえにお袋が言ってた」
「???」

「かなり重い心臓疾患が起きて救急車で入院したら、
 呼吸器系の病気もキツイのが見つかって、
 手のうちようがなくて、その晩すぐに死んじまったって」
「そうなんだ……」

「で、病理解剖したら、
 ふたつの病気がありえないぐらい、ほとんど同時に発生してたって。
 それぞれひとつずつなら、なんとか治療のしようもあったらしいんだ」


「……ひとつ ……余計だったんだ」

 

End