ひまわり part.2


どんよりとした意識から、
何かが俺を引き戻そうとしている。
やめろ。ほっといてくれ。
なんで寝かせたままにしておいてくれないんだ。

「起きろよ! 高村!」
耳元で大きな声がした。頭が… 割れそうだ…
目を開くとサークルの仲間だった。

「今日から合宿だろ? 忘れてたんだろどうせ。
 ほら、起きた起きた」
ベッドの上に起き上がり床に足を下ろす。
体も頭もいう事を聞かない。

なにか…

「あ〜あ〜、こんなに飲みちらかしちゃって。
 聞いたよ。手ひどく振られたってな。
 お相手は理学部のミキティだったよな? たしか。
 半年で4人目の被害者ってわけだ」

きのう…

「そこまでわかってるんなら、
 ほっといてくれないか? 合宿はパスで」

ここで…

「どうせこの部屋にウジウジしてたって、
 どんどん落ち込むばっかりだって。
 こういうときはな、体動かして…」

あれは… いったい誰?

「…いくぞ、ほら」
俺は両腕をつかまれてベッドから引きずり出され、
連中の車に強制的に乗せられた。
二日酔いで体がいう事を聞かず、抵抗できずに。

あ… や… の…?

「ちょっとさ〜
 そんなにだまりこくっちゃって、高村ちゃん。
 気持ちはわかるよ。わかるけど……
 あれ、もしかして気持ち悪いとか?
 それなら次のパーキングで」

彩乃を… 俺は… 無理やり…

「俺、帰らなきゃ」

「だからさ〜、
 戻ったってミキティとよりが戻せるわけじゃ」
「違うよ。それはもういいんだ。どうでも。
 そうじゃなくて、大変な事を…
 頼む! 戻ってくれ!」

今、俺は全てを思い出していた。
彼女に振られ、自棄酒を飲み。
泥酔状態のところに来たのが… 彩乃だった!

こともあろうに俺は彩乃を襲った。
妹のように可愛がっていた「あやっぺ」を。
「お兄ちゃん」と言って、俺になついていた、
あの、「あやっぺ」を。
無理やりに。オレは。

「戻ってくれ、頼む」
「でもさ〜、もうここ相模湖なんだけど?」
「頼む、お願いだ。一生のお願いだ」
「わかった。次の出口で降りて、駅に降ろす。
 それでいいか?」
「それでいい、助かる」

電車で戻る間も、
会って、なんて言えばいいのかを考えていた。
でもそんな都合のいい言葉は、あるはずもなかった。
ただ、一刻も早く彩乃に会わなければいけない。
それがすべて。

「あれ、聞いてなかったの?
 変ねぇ。浩史クンに彩乃ちゃんが何も言わないなんて」

息を切らしてたどりついた彩乃の家には、
誰も居なかった。
表札さえ見当たらない。
不思議に生活のにおいさえなかった。

玄関先のひまわりは、
季節の終わりを告げるように首をうなだれていた。

たまたま通りがかった近所の人から、
家族そろっての転勤だと聞いて俺は愕然とした。

行く先はカナダ。
もうこの時刻には飛行機に乗ってるはず。
そう言っていた。

俺はもう彩乃に謝ることさえできない。
あいつは、傷ついたままこの街を出て行った。
まぎれもなくこの俺の手でズタズタに、
心も体も切り裂かれて。

あいつは、オレの手の届かない遠いところで、今………

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三浦彩乃様

多分、君はこんなメール読みたくもないだろう。
でも、目の前で話すことさえ出来ない今の状況では、
こうしてメールという形でしか、
ぼくの思いを伝えることしかできない。

とんでもないことをしてしまった。
酒に酔っていたというのは、なんの理由にもならない。
妹のように思ってた君を……

あるいはぼくと言う人間は、
生きていく価値すらないのかもしれない。
そう、思ってる。

このメールアドレスは、君の友達に教えてもらった。
何度も頼み込んで、やっと教えてもらった。

許してくれとは言えない。
ぼくのやったことは、
そんな簡単な言葉で解消できるような問題じゃない。
少なくとも君の人格を、
あの日土足で踏みにじってしまった。
ぼくへの信頼を、
ねこそぎ汚れた思いで粉々にしてしまった。

何を言っても、
君の心を元の状態に戻すことはできないだろう。
ただ、ぼくが後悔していることだけは信じて欲しい。

また、メールする。
たとえ君が見ることはないとわかっていても。
これしかできないから。

高村浩史

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三浦彩乃様

どうして? なぜ? あのとき

あんなことがあったあと。
ぼくの心の中で、何百回も繰り返してる。
そして今も。

大切に思っていたあやっぺを、なぜ? 

会って謝りたい。
でもそれは君がのぞまないこと。
会うことさえいやなこと。

ぼくはもう。
死んでしまったほうがいいのかもしれない。

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三浦彩乃様

このあいだの自分の文章を読み返して、
この一週間どうしようもなく落ち込んでた。

思わせぶりなメールを書いて、同情を引いて、
最低な人間だ。

君に謝る資格さえない。

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君と会えなくなって、もう半年が過ぎた。
ぼくの晴れない思いとは無関係に、
日毎に街の景色は変わっている。

添付ファイルは、昨日の初雪を撮った写真だ。
うちの玄関先のスナップ。
懐かしいかもしれないと思って。
少しだけ降ったけど、
夜までには溶けて跡形もなくなっていた。
雪合戦の好きな誰かさんが悔しがりそうなくらい、
あっというまだった。

今頃、カナダはとっくに雪景色なのだろうか。
好きなだけ雪はあるんだろうね。
かまくらを作れるくらい。
なんか… しっかり作ってそうだな…
でも、そのせいで風邪を引いたり、してないよね?

なぜか今夜はいろんな事を思い出してしまう。
あやっぺがそばにいた頃のことを。つぎつぎと。

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就職が決まった。
別に高望みをしたわけでもないので、
それほど苦労はしていない。
他の就職活動をしないで、
ゼミのコネ一発勝負にしたのが、
逆に先方に好印象を与えたようだ。

ということで、
こっちは来年の春から社会人。そういうことになった。
卒業に必要な単位も問題ない状態。

今バイトで忙しい。
前からやりたいことがあったので、無理してる。
オーバーワーク気味で、正直へとへと。眠い。寝る。
おやすみ。

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