秋桜 〜コスモス〜 2



俺はその日、桜橋の上にいた。

言問橋・蔵前橋・両国橋・新大橋・永代橋‥‥
隅田川にはそれ以外にもたくさんの橋がかかっている。
桜橋はそんな中でも歩行者専用という珍しい橋だ。
特徴のあるXの形とそのロマンチックな名前からか、
完成してしばらくは、休日となれば混み合うことも多かった。

でも、もうその頃には、落ち着いた「地元の散歩道」となっていた。

俺は高校3年だった。
普通なら受験に忙しい時期のはずではあっても、個人的には全然だった。
親の資力も、本人の学力も、
そしてまぁ俺自身の素行にも問題があって、
家族も担任も、進学という問題にあえて触れることはなかった。
まぁ言ってみれば、大人の知恵って言う奴だ。

そのとき一緒にいたのはいつものヤツら。
親のコネで推薦入学の決まってるのもいたけど、中身はかわらない。
同類項だとお互いに分かってるおなじみのメンバーだった。

正面から女子高生の集団が来た。
夏用のセーラー服が、降りそそぐ陽射しの中でやけにまぶしい。

芝居っけたっぷりに一歩前に出た。そして正面から向かい合う。
オレに気づいて何事かを感じた集団は歩みを止めた。

先頭の女。ちょっと美形で俺の趣味。こいつにしよう。
すぐそばまで近づく。目の前で見ると細身でやわな感じだ。
一瞬驚いたようだが、体勢を立て直しこちらを見据える。
厳しい目が魅力的で、なかなかいい。
これぐらい気が強ければ、たぶん大丈夫だろう。

「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「もう‥ やっちゃった? 君」
「?」
「だから〜 もう男と一発やったかどうかを、ぼくは非常に知りたいん‥」

俺がそこまで言った瞬間だった。
左頬に衝撃。そして「バチン!」というとんでもなくでかい音。
橋の上にいた人たちの視線が全員俺の方に向いたのを感じた。
‥‥殴 ‥‥られた ‥‥おもいっきり

彼女は俺を見ていた。
まるで汚らわしいものでも見るように。

「行こう!」
そういってこっちの真中をつっきって、足早に歩み去る。
友人と思われるコたちが、おどおどと続く。
俺の「おともだち」はみな自然に道をあけ、
遠ざかる一団を、一様にぽかんとした顔で見送っていた。

油断していた。
まるっきり力なんてなさそうな第一印象で。

「手の跡、しっかりついてるぜ。すげぇな、あの女」
俺の頬を指差し笑ってるのは、友人その1 金沢。
「これでいいだろ?」俺はやけくそになって怒鳴った。
「ああ、よくやった。OKだ」

もとはといえば、つまらない賭けに負けたのが原因だった。
さっきのは罰ゲーム。
いくらなんでも俺たちは普通にあんなことはしない。
セクハラおやじとは違うんだから。

そのあとなんだかんだと遊んで、家に帰って鏡で見たときには、
赤いマークはうっすらと痕跡を残すだけになっていた。
よしよし。

1時をまわっていて、家族はとっくに寝ている。
のんびりと冷えた飯を食い、オヤジのウィスキーをちょっと頂いて、
布団に潜り込んでMDを聞く。

しかし可愛い子だった。マジで。
怒った顔がしっかり頭に焼きついている。
お気に入りの曲が、今日はなんか頭に染み込んでこない感じだった。


今日は珍しくマックで待ち合わせだ。
ガキがギャーギャー騒いでるところは、あまり行かないんだけど、
いつもの店が休みだったんで、仕方なくそこで集まることになった。

順番を待ってる間に、上のほうの看板見て脳内会議。
始めはバナナが優勢だったのが、追い込んできたのがイチゴだった。
そして、本日はいちごに決定!
「ストロベリーシェイク ひとつ」

この店に来ると、俺はいつもシェイク。
みんなから『お子様かよ』って馬鹿にされるが、
これだけはどうしてもやめられない。

「以上でよろしいですか?」
財布を取り出したところで、初めて目の前の女を見た。

あれ? こいつ‥ 桜橋で出会ったあの女だ。
しかし俺を見る眼になんの表情も無い。シカトかよ。
ま、いいさ。あのときはひどいこと言っちゃったしな。
平静を装って1000円札を出した。

気づくと、なんか、一瞬まわりに客がいなくなっている。
お釣りを持ったそいつは特上のスマイルを浮かべて‥

「お待ちどうさまでした、ごゆっくりどうぞ、
 セ・ク・ハ・ラ・お・坊・ち・ゃ・ま!!」

‥‥覚えてたんだ ‥‥こいつ
思いっきり語尾跳ねあげてるし‥‥

「いらっしゃいませ〜」
何か言おうと思ったとき、唐突に彼女が声を上げた。
気づけばすぐ後ろに次の客が並んでいた。
しかたなくレジを離れ、階段をのぼって客席に向かった。


「コウちゃん? お〜い、どうしたんだ〜」
「え? な、なんだよ」
「なんだよじゃないよ。来た途端、何ボーッとしてんだよ
 お化けにでも会ったみたいな顔してたぜ、今」

「いや‥ 別に」
「そうかぁ? ま、いいや。それよりさぁ‥」

目の前で話す金沢の声が遠ざかっていく。
なぜだか、彼女の怒った顔と笑った顔が交互にうかぶ。

待てよ。なんだこりゃ。やばいだろこれは‥

「コウちゃん? やっぱりお前、変だよ今日」

「とりあえず‥‥ 俺、帰るわ」
「なんだよ、来たばっかりなのに、もう帰るのかよ」
「なんか、調子悪いから。わるい、またな」


階段を下り、さりげなくカウンターの彼女を探す‥ いなかった。
勤務時間が終わったのだろうか。

落胆している自分に気づき、驚く。
心の中で舌打ちしながらドアをくぐる。

家に帰ろうかと思った。
ちょうどキッチンの裏手に当たる場所を通る。
店員が一人、ごみと格闘していた。
チラッと見えた横顔は‥ 彼女だった。

立ちつくす俺に気づき、こちらを見た。
一瞬顔をこわばらせたあと、また作業に戻る。

俺とあいつは、どう考えても話をできる人間関係ではない。
原因はすべてオレにあるわけだし。
いたたまれず、俺は足早にそこから立ち去った。

角を曲がったところで、無性に腹立たしさがつのった。
そくにある電柱を殴りつける。こぶしから血が滴り落ちた。
バカか!?



 next