会える日  part.1


ドアを抜ける。
ホームに降り立つ。
頬に当たる風が少し痛い。
すぐそこまで冬が来ているようだ。コートが必要だったかもしれない。
立ち止まる俺の横をすり抜けて、
列車を降りた人たちが、急ぎ足で風の来ない場所へと向かう。

右を見る。いない。
左を見る。やはりいない。
人の流れの向こうにいるのかもしれない。
列車の番号と時刻は伝えてあったが、
何号車かは言っていなかった。

背後でドアがプシュッと音を立てて閉まる。
列車が発車する。

人ごみの途切れた向こう、小さく見えるうしろ姿。
真梨だ。
まだ俺に気付いてない。

ふりかえる。
俺を見つける。

顔が大きな変化を見せる。遠くからでもわかる笑顔。
手を振りながら早足でこっちに来る。
何か言ってる。聞こえない。
俺も走っていこうかと思ったが、なんとなく待ってみた。
その笑顔を見たくて、俺はここに来たのだから。
なるべく長い間見ていたかったから。

もう、車両ひとつ分の距離にまで近づいてる。
笑顔が一直線に俺に向けられてる。

突然、真梨の足取りがゆっくりになる。
さかんに振られていた手も下がっていき、
笑顔は徐々にその輝きを減らしていく。
ついには、立ち止まってしまう。

真梨は立ち尽くしたまま、涙を流し始めてた。
急いで俺はそばに行った。

昔から、真梨は顔をボロボロにして泣く女だった。
今日はどっから見ても、素敵なレディなんだが、
泣いてしまえば幼稚園児と何も変わらなくなってしまう。
今も、目の前の真梨は、
ビシッと決めたスーツ姿のまま、しゃくりあげ始めてる。

手を引き、ホームの端のベンチに座らせる。
両肩をつかんでみる‥‥涙は全然止まらない。
両頬に手を当てて‥‥全く効果なし。
まじまじと俺の顔を見て、よけいに激しく泣き出す真梨。

困って、俺の膝の上に頭を乗せるように促す。
ベタッと張り付くように顔を伏せる。
肩が震えてる。相変わらずしゃくりあげてる。
多分、俺のズボンは、口紅と涙と、そして鼻水で‥‥
考えないことにしよう。今は。

なすすべもなく、ただ髪をなでていた。
真梨の髪の手触り、実は俺大好きで。
ずっとこうしててもいいかな? なんて思ったりしてた。

そのうちしゃくりあげの発作がまばらになり、
肩の震えも止まってきた。

両肩をつかんで、上半身をそっと起こす。
正面から見る。
「目が真っ赤ですよ、かわいいうさぎさん」
泣き笑い。

ハンカチを渡す。
大きな音を立ててハナをかむ真梨。
‥‥ハンカチ、余分には持って来てないよな。

せっかくのメイクアップが台無しなんだけど、
こういう姿を見て俺は‥‥かわいい、って思ってしまう。
他の誰にも見せないこの泣き顔。
俺だけの『真梨』って気がして。
こういう風に思うのって‥‥‥‥俺だけかな? 

なんとか落ち着きを取り戻した真梨に、
軽いノリで言ってみた。
「あのサ。さっき、立ち止まんないで俺のとこに来たら‥‥」
「?」

濡れた瞳が俺を見上げてる。
なんか‥‥ゾクゾクって背中を電気が走る。
今、こいつの瞳の中に俺しか映ってない、ってわかる。
一瞬、言葉を失う。間が空く。
なおも俺の目をじっと見つめる彼女。待ってる。
弱いんだよな、この表情に。

なんとか気をとりなおして言葉をつなぐ。

「俺のとこに来たら、
 そのまま真梨抱いて、キスしちゃうとこだった」
「!」
「ほんとだよ」
「‥‥‥‥‥」
「残念だったのか?」
「‥‥‥‥少し‥‥」
はにかむように。

「じゃ、」

突然キスをする。
真梨は驚いて、反射的に体を硬くしたけど、
あっというまに俺の二倍の熱さで唇を押し付けてくる。

唇を離したら、急に俺の胸に顔を埋めてきた。

「どうしたんだよ?」
「まわり‥‥‥ 誰もいない?」
「なんだよ、急に」
「だって‥‥」

まわりを見回しても、誰もいない。
次の列車はまだ来そうもない。
「誰もいないよ」
ゆっくり真梨は顔を上げる。
まわりを見回して誰もいないのを確認してから、こちらを見た。

「そんなに恥ずかしいもんか?」
「あたりまえでしょ、もう。健太って‥‥」
「でもさ。真梨」
「なぁに?」
「3ヶ月ぶりに会ったら、やっぱこうなると思ってたけど」
「‥‥‥‥‥」

「いいだろキスぐらい。
 ここで押し倒して、すごいこと始めちゃったわけじゃないんだから」
「スケベ!」
「でも、それぐらいせっぱ詰まってるのはたしかだよ。俺的には」
「いやらしいんだ、健太って」
「おまえ、他人事のように言ってるけど、そっちはどうなんだよ?」
「私?」

「そう、『会ったら、あんなことやこんなことをして、ウフッ』って?」
「そういう質問には、お答えする必要はないと思います」
「な〜んだ、真梨も俺と同じ事考えてたんだ。安心した」
「そんなコト言ってないでしょ! ひとっことも」
「だって、否定してないだろ?今の言葉。 ビミョーに」
「‥‥‥‥‥」
「いいって、いいって。それより、ホテル行ってチェックインしとこう。
 寝るとこと、メシを確保。そのあとのことはそのときに」


やっぱり、健太ってある意味で無神経。
そりゃ〜ね、3ヶ月ぶりに会えるんだし、
でも明日になれば、健太は大阪で私は東京。
またしばらく会えないんだから。

一泊二日で、ここのホテルも前もって予約してた。
だから、今言われたこと全然考えてなかった、って言ったら嘘になる。
その日に当たるかどうか、それは一応チェックしてた。
最悪の気分でせっかくの日をつまんなくしたくないし。
それに‥‥

ほら‥‥やっぱり‥‥
『今日はダメ』って‥‥それは‥‥ね?

でも、それって駅のホームで話し合う問題じゃないと思う。
でしょ?

それより、今日は健太と一晩中いっしょにいられるんだ、って、
‥‥私としては、そのことが一番大切。


ここんとこ、ずっとうきうきしてた。自分でも驚くほど。
会える日が決まってから、毎日毎日カレンダーに×をして、
いっぺんに2個つけられたらいいな〜 なんて、
私、馬鹿じゃないかと思ったり。

今日のために新しく買ったスーツでビシッと決めて、
大人の魅力で健太を悩殺しようと思ったけど、
結局、自分で思いっきり台無しにしちゃった。さっき。
あんな風になっちゃうなんて、考えてもみなかった。

そんなこと考えてたら、手を握られた。健太に。
あったかい。
うれしくって、つい手をゆすってしまう。
いけない。いつも怒られるんだ、これやると。
「お遊戯じゃないんだからやめろ!はずかしい」
でも‥ なにも言ってこない。
今日は特別?
一緒にゆっくり階段を下りる。

ホテルは改札を出て目の前にあった。二人して見上げる。
ちゃんとしたきれいなホテル。新入社員の給料で大丈夫?
「気にすんなよ。せめて素敵なデートにしたかったから、俺」
ホテルのほう向いたまま、健太がそう言った。
その言葉を聞いて、また涙があふれそうになった。
あぶない。今日の私はどうかしてる。ほんとに。

チェックイン。
なんか不慣れ。まだ社会人1年生だし。
覗きこんでたら、同伴者の名前のとこ、苗字省略で真梨だけ。
なんか。うれしかったりする。

大きな荷物ないから、ボーイさん断って、二人で部屋に向かった。
エレベータ使って、通る人もない廊下を進んで、部屋に入る。
ドアを閉めて、
その場で抱きあってキスした。
バッグを置くのさえもどかしくて。
健太も。私も。

こんなに大好きなのに、一緒にいられなくて。
ずっとずっと、抱きしめて欲しくて。キスして欲しくて。
このままこうして二人で‥‥‥‥

静かな部屋の中で、唇のたてる音と二人の息遣いだけが聞こえてた。

どれぐらいそうしていたんだろう。

突然、健太のお腹から大きな音が聞こえた。「グゥ」って。
私、笑い出してしまった。しかたなく唇が離れる。
健太が気合を入れなおして迫った来たけど、
笑っちゃってダメ。苦しいよぉ、健太。


灯りをつけた。
ベッドに座り込んで、お腹を抱えて笑ってる真梨が見える。
こうなっちゃムードもへったくれもない。
しばらく待って、
笑いの発作がおさまったのを見計らって、声を掛ける。

「ご飯食べに行こうか?」
「ごめんね」
すまなそうに真梨。
「いや、ムードのなかったのは俺のお腹だったわけだし」
「‥‥‥‥‥‥」
「気にすんな、腹がへっては戦が出来ぬ、ということさ」
なんか言いたそうだったけど、唇に指を当てておさえた。
廊下でさりげなく腕を組んで、夕食に向かう。


メインダイニングで食事。
ちょっとワインを飲んで、出てくる料理二人で食べてて、
気づいたら話しをしてるのは、ほとんど俺。
真梨は楽しそうに相槌を打ってるだけ。

「あのさ」
「な〜に?」
「なんか俺ばっかり話してるみたいなんだけど」
「うん。そう言えばそうだね」
「なんかメールじゃ、一杯話したいことがあるって言ってただろ?真梨?」
「そう思ってたんだけど‥‥」
「けど?」
「こうやって、健太の話してるのを聞いてるだけで、いい」
「ほんとに?」
「うん。なんかそれだけで幸せだから」

ワインのせいなのか、真梨はさらっとそう言った。
言ってから「あっ!」って小さな声が聞こえる。

「いいよ。そう言ってもらえたら、俺もうれしいから」
「‥‥‥‥」
「俺、今日はとっても楽しいんだ。いろんな真梨が見られて。
 眼が真っ赤になったうさぎさん。
 お遊戯の好きなマリちゃん。
 情熱的なキスをする真梨。
 とっても自分の気持ちに正直な真梨。
 あと見たいのは‥‥‥‥」
「?」

テーブルを乗り出して真梨においでおいでをする。
そばに顔が寄ったところで、人に聞こえないぐらい小さな声で、
「ベッドで乱れる真梨ちゃん!」

「馬鹿!」
瞬間的に真梨の口から出た言葉、結構ボリューム大きくて。
口を押さえて、あわてて周りを見る真梨。
何かと思って、みんなこっちを見てる。
真梨は真っ赤になってうつむく。

「健太が‥いけないんだから‥」
下を向いたまま、ボソッて。


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