左隣の彼女                    (2)

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互いの家が、文字通りまん前で、幼稚園・小学校・中学と一緒で。
ずっと彩音は俺のそばにいた。いつでも。

中学3年、俺たちは受験の季節を迎えた。
その時、この関係も、もうじき自然消滅するんだろうと思った。
というのも、彼女と俺の学力差が、
ざっと見て20光年ぐらいの距離があったからだ。

返却された俺の答案用紙は、いつだって紙飛行機になって、
教室を軽やかに飛んでいた。
ほんと、点数一桁の答案用紙は良く飛んだ。
友人の機体をはるかにしのぐ飛距離は、軽量化の効果を物語っていた。

こんな俺に対して、いつだって学年トップを争ってる彩音がいて。

当然、俺と彩音は、ちがう高校に進むはずだった。
しかし、この件に関する俺の認識は甘かった。

俺がかろうじてボーダーラインにいた公立高校。
彩音がそこを受験しようとしている。そう友達から聞いて、俺は驚いた。
私立の有名校にさえ楽々推薦で入れるはずなのに、どうして?

「なんであそこ受けるんだよ?
 あれぐらいじゃ、滑り止めにしても意味ないじゃないか!」
自分の受ける高校を「意味ない」という俺も変だったが、
あまりの事態に自分を無くしていた。

俺の言葉に、彩音はひとこと。
「滑り止めじゃ‥ ありません」
よく聞いたら、俺の滑り止めの私立にも受験票出していて。
結局、完全に俺と同じ志望校だったわけで。

「何、バカなことやってんだよ。
 今なら変更できるだろ? 一緒に担任のところに行こう!」
「いいんです、これで。もう決めたんですから」
「いいわけないだろ!」
「‥‥‥‥‥」

言葉がない。
彩音は俺を見つめていた。
今まで見たことがないほど、悲しそうな目をして。
どうしてそんなふうに‥‥?

‥‥‥! うそだろ!? それって‥ もしかして?
「俺と‥ 離れたく‥ ない?」
うなずく彩音。

そりゃ、本音を言えば、うれしい気持ちで一杯だった。
男と生まれて、女からここまで慕われれば。

でも正直言って、
俺が彩音にふさわしい男とは、とても思えなかった。
いや、いくら割増ししても、届く範囲じゃない。マジで。
自分がどの程度のもんなのか、
15才になれば、きっちりわかってる。

こいつにしても、
ガキの頃からの幼馴染であることを引きずってるだけで、
なにか勘違いしてるんだろうと思った。

「おまえさぁ、なんか勘違いしてないか?」
「え?」
キョトンとしている。
「だからさぁ、ガキの頃から一緒に遊んでたけど、
 それは単に‥‥」

「勇樹さん‥‥ 私のこと、嫌い‥ ですか?」

いや、だから、あの。そうじゃなくて。
まっすぐな目がこちらをのぞきこんでいる。
俺は彩音のそんな表情に弱い。どうしても平静心を失う。

「‥‥‥そんなことは ‥ないけど」
「よかった!」
ニコニコする彩音。

結局、最低レベルの公立高校になんとか滑り込んだ俺の隣には、
相変わらずこいつがいることになった。
幸か不幸か、1年2年とも同じクラス。

はきだめに鶴。それに近いものがあったと思う。
しかし、穏やかで控えめ、プラス真面目な性格は、
反発を受けることもなく、逆にファンを増やす結果を生んだ。

俺はといえば、なんとなく、彼女と正面から向かい合うことを、
避けるようになっていた。
彼女がうっとおしいわけではない。
多少天然がかかった感じの、独自のディレイリアクションは昔から。
会話してても、おっとっと、って感じでこけそうになる場面が多い。
しかしそれは重要な問題ではない。もう慣れっこになっている。

それより、俺自身の気持ちが微妙に変化しつつあることに、
かなりのとまどいがあった。
結構そばで見慣れていたはずの彼女が、
目の前で徐々に女へと変化し始めているのに、
ある日気づいてしまってからこっち。
ガキの頃、夏が来るたびに、
一緒にビニールプ−ルに入ってた頃とは違うんだと。

何かのタイミングでふと横を見ると、
胸のあたり、当然ながら、しっかりふくらんでたりするわけで。
正面から向き合って話せば、
その唇の動きや、髪をかきあげるしぐさにドキッとさせられて。

時として、夢の中で裸にしていたり‥
いや時としてじゃない。正直に言えば、結構、頻繁に。

あんなキャラの彼女に対して、そんな妄想を抱いた日は、
ある種の罪悪感を感じて、落ち込んでしまう。がらにもなく。
屈折した思いをもてあまし、俺は彼女との距離を置くことにした。

そんな俺の気持ちの変化を知ることもなく、
彼女は、あいかわらず目の前を右往左往していたが。

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