左隣の彼女                    (1)

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「彩音? 梨、嫌いか? もらうぞ」
皿の上から消えた梨は、すでに少年の口の中に移動していた。

「勇樹!! なんてことをするの?!
 ごめんね、彩音ちゃん。まったく、この子はもう!」
「いいんです。勇ちゃん、梨、好きだし」
「でも、まだ一個しか食べてないじゃない」

「これもあげる」
少女の手で差し出されたもうひとかけらを、
ためらいもなく、少年は、手を使わず直接ほおばる。
手を離した少女は、微笑みながらその光景を見つめていた。

両頬がふくらんだ状態のまま動かない。
6歳の少年の口には、少し大きすぎたようだ。
無理して飲み込もうとして、つかえてむせている。
目を白黒させて涙目になっていた。

いつのまにか、少女はタオルを持ってそばに立ち、
少年の汚れた口元を、小さな手でせっせと拭いている。

なんとか食べ終えた途端、急に立ち上がった。
何が起きるのか、少女は見守っている。

「公園に行こう! 彩音」
「うん!」

「行って来ま〜す」
「いってきます」
「暗くならないうちに帰ってくるのよ!」

「はぁ〜い」
二つの幼い声が重なって響いた。

じゃれあいながら、二人は、玄関から外に飛び出して行く。
いつもと同じように‥‥‥

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「こいつは‥‥ すげぇ‥‥」 
「あぁ。そばでこんな感じで見つめられたら‥‥
 俺、理性飛んじゃうな、きっと」
「俺もだ」
俺と俊介は写真集の1ページを前にして感動していた。
あられもない姿で男を誘う女。言葉で書けば単なる淫乱。
しかし、それがやけに清純なままで、恥ずかしそうで。
その雰囲気がよけいにセクシーな感動を呼ぶ。

それを見ながら、俺の頭の中では‥‥‥‥

「あの〜 なに見てるんですか?」
後ろから声がした。振り返る。彩音だった。
やばい!!
あわてて机に伏せて本を隠す。

「彩音‥‥ 頼むから、気配なしで後ろに立たないでくれ。
 これはさ、前にも言ったはずだろ」
「すみません。でも‥‥‥ なんか楽しそうでつい‥‥」
彩音の声が消え入るように小さくなっていく。
言っちゃいかんと思いながら、追い討ちをかけてしまう。

「別に俺、おまえを呼んでないだろ? 来るなよ!」
「‥‥‥‥‥」
うつむく彩音の目に、見る間に涙が浮かぶ。

「あ〜あ、また彩音を泣かしちゃった。
 内田君さぁ、もう少し優しい言い方って、できないの?」
そばにいた志津香から突っ込みが入る。
「ちょっと待て、俺はただ‥」
クラスの女子全員がキッと俺をにらんでいる。
なんでこうなるんだ? いや少し言い過ぎたのは確かだけど。
それしにしてもこんな、突き刺さるような視線を‥‥
『ひとでなし』って? この俺が?

志津香を始めとする2〜3人が、彩音のそばに寄り添い、
なぐさめの言葉をかけている。涙をぽろぽろこぼす彩音。

しみじみと志津香が言う。
「でもさ。なんで、あんなんがいいのかな〜 彩音は」
「そうよね。これって、2Bの七不思議に入るね、絶対」
「全然デリカシーのかけらもないし‥ こいつのどこがいいのか‥」

こいつ呼ばわりはないだろう、と反論しようとした瞬間、
「そんなことありません!」
突然彩音の口から飛び出した強い言葉に、一同がたじろぐ。
「やさしいんです、ほんとは。私には、とっても」
濡れた頬を見せたまま言い切る彩音。

「‥‥‥こりゃ無理か?」
「うん。彩音、勇樹一筋だもんね、ずっと」
「その気になれば、男なんて、よりどりみどりなのにね。
 顔良くて、成績良くて。で、性格まっすぐで。
 女から見てもため息出ちゃうのに」
「そう。もったいない話よね〜」

「俺でよけりゃ、いつだって立候補するのにな」
と俊介。
「無理。彩音にとって男子って、勇樹だけだから。
 そうでしょ? 彩音?」
コクリとうなずく彼女。まだうつむいたままだ。

「その‥‥ 悪かった。言い過ぎた」
とりあえず、わびを入れた。形勢が悪すぎる。
彩音がこちらを見る。
そして、涙がたまったまま、微笑む。
「いいんです。私が悪かったんです」

「見てられんな」
俊介がため息と共につぶやく。
「同感」
志津香がうなずく。

「一回でいいから、あそこまで尽くされてみたいもんだな」
「あんたにゃ無理ね。死ぬまで」
「断定するなよ、そんな自信たっぷりに」

チャイムが鳴った。3限目の始まりだ。
救いの鐘だった。

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「帰ろう?」
ホームルームが終わったところで声をかける。
まわりでは、どこに寄り道するかの相談が花盛り。
来年になれば大学受験だから、遊ぶのは2年のうちにって感じ?

「え?」
「だから‥‥ 帰ろう?」

「あの‥‥ いいんですか?」
「おまえ、そういうとこがくど‥」
目の前で彩音の表情がしおれていく。やばい!
「いやなんでもない。ともかく、支度しろよ」
「ハイ!」

あせって帰りじたくを始める彩音。
なんかドタバタしてる。見ててもなかなか先に進まない。

俺のほうは、教科書を持って帰ったことすらないんで、
俊介から借りたさっきの本をカバンに入れて、
5秒で終了してしまった。

「お待たせしました」
きっちり3分が経過している。帰り支度をするだけで。
それについてはあえて触れない。俺にも一応の良識はある。
女性の支度時間に関しては、俺は十分寛容だと思う。
姉貴とこれまで暮らした中で、いやっていうほど学習してるから。

「行こう」
連れ立って教室を出る俺たち。

「ヒューヒュー」
「いいよなぁ、ったく、あいつら」
外野の発言はすべて無視する。
早足の俺の後を、うれしそうに彩音はついて来る。

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