中庭の風景 - 1 - ----------*----------*----------*----------*----------*---------- 少女は読んでいた本から目を離し、視線を上げる。 いつのまにか、午後の陽射しは、ベッドの上までのびて来ていた。 ベッドカバーが、光の中で白く輝いている。 少しあけたガラス窓からの風に、 薄いピンクの花びらがゆれていた。 時計を見たあと、ベッドから抜け出し、窓際にゆっくり歩み寄る。 ガラス窓の向こうには病院の中庭が広がっていた。 中央の花壇には色とりどりの花が咲いていて、 陽射しを求める人たちが、そこかしこのベンチでくつろいでいる。 彼女の視線がさまよう。 何かを捜し求めるように。 そして、ある一点でその動きが止まる。 視線の先に居るのは、一人の青年だった。 普通の服を来た、少なくとも入院患者には見えない20才ぐらいの男。 ゆっくりと散歩をしている。 少女の顔が、こころなしか明るくなった。 青年は、ひなたぼっこをしている老人に話し掛けている。 声は聞こえない。かろうじて談笑しているのがわかる。 何かを指差している。どうやら噴水を話題にしているようだ。 しばらくは、そうして何人かの人と話しをしていて、 そのうちお別れの挨拶をして、青年は歩き始めた。 中庭への入り口のドアへ向かう。 出窓に乗り出すように、青年の姿を追いかけている。 ドアが閉まり見えなくなると同時に、 少女は深いため息をついた。 静かな部屋が重い空気におおわれる。 しばらくじっとしていた。 青年の消えていったドアを見つめたまま。 ふいに、少女の瞳に涙が浮かび、見る間にあふれた。 うつむくと同時に、それは窓際の花の上にこぼれ落ちる。 光に輝き、きらめきながら。 とどまることなく、次々に‥‥ それは毎日、同じように繰り返される光景だった。 ----------*----------*----------*----------*----------*---------- 午後一時。 まだ、青年が姿をあらわす時間ではない。 ゆっくりと、誰かが階段を上がってくる。 ハッとして顔を上げる。誰なのか分ったのだろうか? 廊下を歩く音。 ドアが開く。 「菜月、来たぞ」 「あっ、お父さん!」 菜月と呼ばれた少女は、 せいいっぱいの笑顔で、父親を出迎える。 「きょうは、だいぶ、いいみたいだな?」 「うん。なんか調子いいみたい」 「そうか、それはよかった」 とりとめのない話が続く。 家に出来た新しい花壇のこと。 母親がやりすぎた肥料が、大事な新芽を枯らしてしまったこと。 そして、様々な日常の話題。 「そうだ。今日は驚かせることがある」 「?」 「菜月、忘れちゃったのか?」 「もしかして‥‥?」 「ああ、そうだ。あれだ。 ‥入っておいで」 父親の声と共に、ドアを開けて入ってきたのは、 菜月と同じぐらいの年齢の少女だった。 「アンダーグラウンドで作ってたのが、きのう完成した。  とりあえず試作品レベルだけどな」 身長は155cmぐらい。 肩までのセミロング。黄色いコットンのワンピース。 清楚なたたずまい。 ベッドの中の菜月と、なんとなく雰囲気が似ている 「すごい‥‥ アンドロイドってわかんない‥」 「だろ?」 「驚くのはまだ早い。ちょっと話をしてごらん」 「?」 「さあ、はやく!」 「あの‥ こんにちは」 「こんにちは、菜月さん。はじめまして。わたしの名前は友香里です」 「‥‥こんにちは、友香里さん」 「これから、仲良くしてくださいね」 「すごいだろ?」 「話してて違和感がない‥ とっても自然な感じで」 二人が話す間も、 友香里はその視線を、話している人のほうにそのつど移動する。 会話を追いかける様子で。ごく自然に。 「ねぇ、お父さん。  友香里ちゃん、あしたまでここに居てもらってもいい?」 「え?」 「だから、ここに」 「それは‥‥」 「なんか、問題あるの?」 「いや、友香里自体はいいんだが、ここ完全看護だから‥ ちょっと」 「だめかな、やっぱり‥‥‥」 がっかりした様子を見せる友香里。 父親はそれを見ながら、考えている。 「なんとかなるか。ここの院長は子供の頃からの友達だし」 「ありがとう」 菜月は父親に抱きつく。 「おい、よせ。こどもじゃあるまいし」 「でも〜」 「あぁ、わかった。おまえが喜んでるのはわかったから、手を離せ。  ほら、さっきから友香里が笑ってるんだから」 友香里は二人の織り成す光景を、微笑みながら見つめていた。 「うらやましいですね」 「ふ〜ん。そういう感情もあるの?」 「えぇ。一応標準装備なんです、喜怒哀楽の簡略パターンまでは。  あまり、怒りとか、憎悪に近いところは入ってませんが」 「そうなんだ」 病室を出て行った父親が、すぐに戻ってくる。 「とりあえず、今日一日だけOKもらった。一応、親戚の子ということで」 「ありがとう」 「じゃこれで帰る。また明日来るから」 「はい」 ----------*----------*----------*----------*----------*---------- 「あのさ」 「はい?」 「友香里って呼んでいい?」 「結構ですよ」 「あと私のことは、菜月って呼んで」 「りょうか〜い」 友香里は雰囲気を読んで、微妙に言葉遣いを修正している。 菜月は、父親のプログラマとしての優秀さを実感していた。 「あの‥ いちおう、私の病気のこと言っておくね」 「菜月。それ、つらいんだったら無理には‥」 「いいの。説明しておいたほうがいいから」 「この病室にはもう6ヶ月になるの。  あ、私、今高校2年ね。  勉強もちゃんとやってるから、特例で進級させてもらった。  病名はえ〜と‥‥ ラテン語なので覚えられないのよね。  どっかにメモを‥   これだこれだ、見て」 「あぁ、これですか。菜月の病気って‥」 「これって、今のところ、有効な治療方法がないって聞いてるけど?」 「そのとおりです。臨床例が少ないので、余計に」 「こうしてると、全然病人には見えないでしょ?  でも、一歩も外に出られないの。  このままずっと、この部屋の中で暮らすのかと思うと‥‥」 「よくわかりました。大変ですね。菜月」 「まぁね。慣れては来てるけど、やっぱり‥‥」 何のためらいもなく会話を続けている自分を見つけ、 菜月は驚いていた。 友香里が余計な同情をせず、淡々と話しているせいもある。 こんなふうに、自分の思いを素直に相手にぶつけられるのは、 この病院に来て久しぶりのことだった。 「じゃ、菜月のかわりに外に行けばいいんですね?  で、いろんなものを見てくる、と」 「さすが。いい勘してる、友香里」 「だって菜月、最初からそれが目当てでしょ?」 「わかる? やっぱり」 「誰でも分ります。見え見えです」 友香里が笑ってる。菜月もつられて笑う。 「でさ。ちょっとお願いがあるんだけど」 菜月は、さっきまでと違って言いよどんでいる。 「なんでしょう?」 「そこの中庭で。ちょっと話して欲しい人が‥」 「男の人ですね?」 「どうして‥‥ わかるの?」 「女の人なら、そんなに恥ずかしそうには、言わないでしょ?」 「‥‥‥」 「どういう人なんですか?」 意を決した菜月は、話し始めた。 友香里の顔は、笑ったり真面目になったり、いろいろに変わる。 「わかりました。まかせてください」 ドアを開けて友香里は出て行く。 ----------*----------*----------*----------*----------*---------- 「ただいま! 菜月。行ってきましたよ〜」 「おかえり。早かったのね。 ‥で?」 「聞きたい?」 「‥‥友香里って、ほんとは曲がった性格だったりするの?」 「冗談です」 笑顔でサラッと言う友香里。 「もう〜 意地悪しないで。 ハ・ヤ・ク!」 「はいはい、ちゃんと今お話ししますから」 「で、会えたの?」 「はい」 「どこの病室に来てるの?  名前は?  今何してるの? 大学生?  好きなものは‥」 「そんなに一度に聞かれても‥」 「ゴメン」 「しょうがないですね。気持ちはわかりますけど。  ええぃ、面倒。 菜月! 直接本人に聞いて!」 「入ってきてください。どうぞ」 ノックの音がした。 カチャッ。ドアが開く。 20才ぐらいの、日焼けして健康そうな青年がそこに立っていた。 菜月の顔を見れば、 その青年がこの少女にとって、どういう意味を持つ人間かは、 誰でも簡単に分るにちがいない。 「こんにちは。菜月さん‥ ですよね?」 菜月は、その声にやっとのことで我に返る。 「ハ、ハイ。小川菜月です」 「僕は石田和雄って言います。よろしく」 「こちらこそ」 菜月は友香里のそばに行き、小さな声で話し始める。 「なんでこんなことしたのよ!  頼んでないじゃない! ひとことも。連れてきてなんて」 「でも」 「友香里のうそつき!」 「じゃ、帰ってもらいましょうか?」 「んもう!」 「あの‥‥」 青年が割り込む。 女の子二人は、あわててそちらを向く。 「聞こえちゃったんですけど‥」 興奮のあまり、菜月の声が大きくなっていたようだ。 みるみる真っ赤になる。 「僕が友香里さんに無理言って、連れてきてもらったんです。  友香里さんは別に」 「ね? 私は悪くないでしょ?」 「わかった、ゴメン」 「ただね、病室からあなたを見てる人がいて、  と〜〜〜〜ってもあなたの事知りたがってるって。  そういうふうには言いましたけどね」 「それから、もうひとつ。私がアンドロイドだと言うことも」 「友香里?! それはしゃべっちゃ」 「しょうがなかったの。  ほら、私が間違って惚れられたら、いけないでしょ?  菜月の『彼』をとっちゃったらまずいし。  それに、少し話していい人だってわかったから、  ここは直接会ってもらったほうがいいや、って。  で、正直にネ、言ったわけ」 「じゃ私、そのへんお散歩してくるから、  あとは若い方たちでごゆっくり‥‥」 ----------*----------*----------*----------*----------*---------- 青年の様子がおかしい。呼吸が乱れている。 そのうちにこらえきれずに、笑い出した。 「さっきの友香里さんのセリフ、もう、最高!」 「え?」 「『あとは若い方たちでごゆっくり‥‥』っていうやつ。  あれって普通、仲人のセリフだよね、まんま」 「あ、ほんとですね」 「さっきのことは別にしても、  普通の女の子にしか見えないね、友香里さんは」 「ええ、私もそう思います」 言葉が途切れ、沈黙が部屋を支配する。 「あの」 「あの」 「あ、どうぞ」 「い、いえ、そちらから」 「えっと、自己紹介してなかったよね?」 「はい、まだ」 「ん〜、俺がここに来てるの、友達が入院してるからなんだ。  1週間前そいつとバドミントンやってたんだ。  大会が近いんで結構マジで特訓してて、  といっても同好会だけどね。  俺のドロップショット拾いにダッシュしようとして、  そいつ、こけてさ。  なかなか起きてこないんだよ。  『なにやってんだよ? 起きろよ』  『足が』  『?』  『うごかねぇ。やっちまったみたいだ』  『ほんとかよ?』  で、救急車でここに連れてきたら、アキレス腱断裂だって」 「でも、あれって足以外は元気だから、  退屈だ退屈だって、携帯にメールがしょっちゅう来るんだ。  ドロップショット打ったの俺だから、一応の責任感じてるし。  いやほんと。ものすごい綺麗なショットだったんだよ。  ワイヤーに触れてポトッって落ちる、スーパードロップショットで。  ま、そういうわけで、毎日ここにきてるんだ」 「あ、そうだ。俺、今、大学2年で20才。  そんなとこかな。  退屈してんなら話し相手ぐらいはできるよ?  今月ずっと大学休みで暇だし、  野郎の相手ばかりじゃつまんないし」 「とりあえず、退屈しのぎの友達、ってあたりでどう?」 「‥‥‥‥」 突然黙りこくってしまう菜月を見て、石田はとまどいを隠せない。 「なんか、悪いこと言っちゃった? 俺」 そこに、ちょうど友香里が帰って来た。 二人の様子を交互に見る。 「あれぇ? どうしちゃったの?  この重苦しい雰囲気って、なんなのいったい?」 「あの、とりあえず退屈しのぎの友達でどうだろうって‥‥」 石田のことばに、再び菜月の様子を見る友香里。 大きくうなずく。 「もう。手間かかるなァ。人間って、ややっこしすぎ!」 両手を広げて首を振って、大きなジェスチャーをする。 いかにも面倒見切れないという表情で。 「菜月、顔あげなよ。誤解されてるって、思いっきり。  ここで恥ずかしがっちゃ駄目でしょ!」 「で、明日来て欲しいの?」 菜月はぎごちなくうなずく。 「ほら、OKだって」 「だいじょうぶ。今のはわかったから。通訳いらない。  じゃ、また。明日来るよ、この時間に」 ----------*----------*----------*----------*----------*---------- ドアが閉まり、青年の姿が見えなくなると同時に、 長い吐息が部屋にあふれる。 「あらあら。恋する乙女は大変ね〜」 「からかわないの! でも、いろいろありがとう。ほんとに」 「いえいえ、どういたしまして。そんなに喜んでくれるんなら、  こっちも苦労したかいがあったってもんだ!」 「友香里‥‥ 今の言葉遣い、変」 「え? ‥‥ほんとだ。完璧にオヤジ入ってるね。  博士、江戸っ子ボキャブラリを入れたまま、はずし忘れてるみたい。  あした、はずしてもらお」 「ねぇ、明日さ、あの人が来たとき一緒に居てくれるよね?」 「やだぁ、お邪魔虫になりたくないよ〜 私」 「だめ?」 「だって、もう必要ないでしょ? お友達になったんだし」 「でも、私一人じゃ‥‥」 「あ、男と二人っきりじゃ危険ってこと?」 「石田さんはそう言う人じゃない!」 「冗談よ、ジョーダン。マジでとらないの。  でもさ。  そうなったらそれで、  菜月、素直に襲われちゃえばいいんだから。  問題なんてこれっぽっちも」 「友香里!!」 「そんなに怒んなくていいでしょ?  それとも、嫌いなの? 石田さんのこと?」 「好き」 「おうおう。めぇるな〜 そんなにいけしゃあしゃと‥  あれ? やっぱり江戸っ子っぽいな〜」 「わかった。さっきの件は了解。立ち会う」 「ありがとう」 「実は、博士にも頼まれてるんだよね。菜月のフォロー。  でも、菜月には言っておきたいんだけど、  博士が真面目なとこは、それをプログラムに入れないで、  ことばで私に頼んできたとこだね。今思うと」 「うれしかった。私の人格にイーブンで話してくれたから。  今、菜月もおんなじだよね。命令じゃなくてさ。  やっぱそう言う風に言われたら、力になってあげたいと思うよ」 「ふーん」 「あのね。一応アンドロイドだけど、  それなりに気を使ってるわけよ、私としても」 「菜月? なに笑ってるの」 「いえ、何でもありません。  友香里はとっても気遣いの行き届いた女の子だと思うし」 「でしょ! でしょ!」 「でも、それを押し売りしちゃ駄目でしょ?」 「う〜ん、それは言える」 ----------*----------*----------*----------*----------*----------                     続き