謝辞 ---------------------
書くきっかけを下さり、
途中でも数多くの助言をいただいたタカさんに、
このお話を捧げます mute


ショコラな気分                 (1)

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「タカシちゃん。悪いけど今日、売り場に出てくれないかな?」
そう言われたのは、店長に朝の挨拶をした時だった。

「どうしたんですか? いったい」
「いや、店の方が二人とも休みで、ギブアップ状態なんだ。
 真崎ちゃんは、はなっから旅行で休みなんだけど、
 さっき、吉田さんから電話かかってきて、風邪だって。
 参っちゃったよ、ほんとに」

「‥‥でも、俺抜けたら、作るほうの人手が」
「いや、そうなんだけど、
 私一人だから、どうしようもないんだ、売り場がさ。
 とりあえず今日だけ。頼むわ。」

俺はあんまり人と話すのが得意じゃない。
店に来る、初めて会う人に笑顔で対応するのは、
考えただけでかなりつらい。

「俺でいいんですか?」

前に一度だけ店に出たことある。
緊張しまくっても、それらしい顔になるならいいが、
俺の場合、とてつもなく怖い顔になるらしい。
で、お客さんおびえちゃって。子供泣いちゃったし。
こわもてのケーキ屋ってのは、やっぱまずいだろうと思った。
あの時のことは、店長も覚えてるはずだけど。

「頼むわ。しんどいかもしれないが」

どうやら、忘れてはいないみたいだ。

まあ、俺、まだここに来て2年もたってないから、
他のベテランをはずすより‥‥
そういうことか。

「わかりました。やります」
「ありがとう。これでなんとかなる」

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なんとかなる‥‥ ことはなったが、
やはり波乱万丈な一日だった。
ここ、「ガトー・シャンティ」の、史上最悪の日と言うべきか。

それが証拠に、CLOSEの札を下げた瞬間に、
俺は売り場のフロアに座り込んで息絶えてた。

つくづく自分が不器用な人間だと思い知らされた。
何人かのお客さんが並ぶと、強烈なプレッシャーがかかって、
オーダーは間違えるわ、ケーキは落とすわ、包み方ボロボロだわ。

考えてみたら、俺、リボンのかけ方知らなかった。
店長がすぐフォローしてくれたんで、
あの不気味な作品が、この世の中に出る事態は未然に防がれたが。


夕方だったと思う。
女の子がひとり、ショーケースを覗き込んでた。
高校生だろう。制服の上にダッフルコートを着てる。
さんざん目移りしてるのが、はた目でも分る。

イチゴのショートから、桃のタルトへ。
ショコラケーキから、洋梨のムースを経由してチーズケーキに。
迷ってる迷ってる。

「すみませ〜ん」
いけない。向こうでお客さんがお呼びだ。

戻ってきてみたら、まだ迷ってる。
軽い感じで言ってみた。
「お決まりになったら、おっしゃってください」

はっとしてこちらを向く。
見るまに彼女の顔が赤くなる。そして再びうつむく。
迷ってるところを見られたのが、恥ずかしかったようだ。
しかしそんなリアクションをとられて、
こっちがどぎまぎしてしまう。年がいもなく。

「あ、あの‥」
「ハ、ハイ。なんでしょうか?」
「この‥ ショコラ‥‥ ひとつ」
「ハイ」

こちら側から出して、小箱に入れて渡す。

「有難うございました。またどうぞ」
俺の言葉に反応するように、
軽く頭を下げて彼女は出て行った。

可愛かった、かなり。
小さくて、なんかリスみたいで。うん。
いいよな〜、ほんと。

「タカシちゃ〜ん。何ボーッとしてんの?」
店長の声で我に返る。
「ほら、お客さんがお待ちかね!」
気づけば数人のお客さんが並んでた。やばい。

帰り際、店長から、あしたは大丈夫って言われた。
吉田さんから電話が来たようだ。
助かった〜

途中で飯食って、家に帰ってそのまま爆睡。
やっぱり精神的にかなり疲れてたんだと思う。

ダッフルコートの彼女が夢に出てきた。
おいしそうにショコラを食べてる。
ふと顔を上げてこちらを見つめる表情が、とても素敵だった。

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「お先に失礼します」
「おつかれ〜」
「おつかれさん」


「ねぇねぇ?」
すっかり元気になった吉田さんが、帰り際の俺を呼び止める。
そういえば、あの地獄の一日から、もう一週間が経っていた。

「なんですか?」
「あのさぁ、毎日ケーキ買っていく女の子がいるの」
「?」
「でね。変なのよ。レジのときに、奥のほうを見てるの。
 人を探すみたいに。あんたの知り合い?」

「いやぁ、そんなわけないでしょ。女の子の知り合いなんて。
 いたら嬉しいけどね」
「おかしいなあ〜
 だって、工房の人って、
 タカシちゃん以外は、所帯持ちの年齢いった人ばっかりだし‥‥
 制服の上にダッフルコート着た高校生なんだけどね〜」
あのコだ。
「なんか、思い出したの?」
「いえ、記憶にないですね」
「ふーん。じゃ余計なことしちゃったかな」
「え?」
「タカシちゃんの上がり時間、教えたんだけど‥」

定刻から15分は経っていた。あわてて裏手から外に出る。
後ろで吉田さんが何か言ってたけど、無視した。

大通りに出る手前に人影。
近づいたら、あのコだった。
師走の北風の中、ぽつんと立っていた

「こんばんわ」

ビクッとしてこっちに振り向く。
やっぱりそうだ。

「待ってた‥ の?」
「あ‥ ハイ」
「俺を?」
しっかりうなずくのが見えた。
でもそのあとうつむいたままで、無言の時間が続く。
えーとえーと。そうだ!

「行こう」
「?」
「ここでずっと立ってたら、風邪引いちゃうよ。
 俺の行きつけの喫茶店、すぐそばだから。話はそこで」

強引に連れて行く。

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喫茶店に入る。店の名前は「ブラン」
その名の通り、夏でも雪のディスプレイが素敵な(?)店。
顔なじみのマスターの趣味は、今もって理解できない。
コーヒーと食い物のうまさは認めるが。

「今日は寒いね、タカシちゃん。なに食べ‥‥」
俺に続いて入ってきた人物を見て、マスターの動きが止まる。
そりゃそうだ。
女っ気のかけらもなかった俺が、女の子連れて来れば。

勝手に一番奥のテーブルに座る。

「マスター。俺、いつもの。あ、ご飯は?」
「食べました」
「じゃ、マスター、冷え切った人にココア追加」
納得いかない表情のまま、マスターは料理に取り掛かる。

「で? どんな話?」

彼女は、うつむいたまま、なかなか話し出そうとしない。
せっつくのがためらわれる雰囲気。
無言の時間が過ぎる。

特製ナポリタンとココアが到着した。

「どうぞ。ここのココア、おいしいよ」
「じゃ、いただきます」
両手で包むようにしてマグカップを持つ彼女。
「あったかい」

気づいたらマスターがまだそこにいる。
「なんですか?」
思いっきり冷たく言ってみる。
残念そうに引き上げるマスター。

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