ショコラな気分 (1) *------------*------------*------------*------------* 「タカシちゃん。悪いけど今日、売り場に出てくれないかな?」 そう言われたのは、店長に朝の挨拶をした時だった。 「どうしたんですか? いったい」 「いや、店の方が二人とも休みで、ギブアップ状態なんだ。 真崎ちゃんは、はなっから旅行で休みなんだけど、 さっき、吉田さんから電話かかってきて、風邪だって。 参っちゃったよ、ほんとに」 「‥‥でも、俺抜けたら、作るほうの人手が」 「いや、そうなんだけど、 私一人だから、どうしようもないんだ、売り場がさ。 とりあえず今日だけ。頼むわ。」 俺はあんまり人と話すのが得意じゃない。 店に来る、初めて会う人に笑顔で対応するのは、 考えただけでかなりつらい。 「俺でいいんですか?」 前に一度だけ店に出たことある。 緊張しまくっても、それらしい顔になるならいいが、 俺の場合、とてつもなく怖い顔になるらしい。 で、お客さんおびえちゃって。子供泣いちゃったし。 こわもてのケーキ屋ってのは、やっぱまずいだろうと思った。 あの時のことは、店長も覚えてるはずだけど。 「頼むわ。しんどいかもしれないが」 どうやら、忘れてはいないみたいだ。 まあ、俺、まだここに来て2年もたってないから、 他のベテランをはずすより‥‥ そういうことか。 「わかりました。やります」 「ありがとう。これでなんとかなる」 *------------*------------*------------*------------* なんとかなる‥‥ ことはなったが、 やはり波乱万丈な一日だった。 ここ、「ガトー・シャンティ」の、史上最悪の日と言うべきか。 それが証拠に、CLOSEの札を下げた瞬間に、 俺は売り場のフロアに座り込んで息絶えてた。 つくづく自分が不器用な人間だと思い知らされた。 何人かのお客さんが並ぶと、強烈なプレッシャーがかかって、 オーダーは間違えるわ、ケーキは落とすわ、包み方ボロボロだわ。 考えてみたら、俺、リボンのかけ方知らなかった。 店長がすぐフォローしてくれたんで、 あの不気味な作品が、この世の中に出る事態は未然に防がれたが。 夕方だったと思う。 女の子がひとり、ショーケースを覗き込んでた。 高校生だろう。制服の上にダッフルコートを着てる。 さんざん目移りしてるのが、はた目でも分る。 イチゴのショートから、桃のタルトへ。 ショコラケーキから、洋梨のムースを経由してチーズケーキに。 迷ってる迷ってる。 「すみませ〜ん」 いけない。向こうでお客さんがお呼びだ。 戻ってきてみたら、まだ迷ってる。 軽い感じで言ってみた。 「お決まりになったら、おっしゃってください」 はっとしてこちらを向く。 見るまに彼女の顔が赤くなる。そして再びうつむく。 迷ってるところを見られたのが、恥ずかしかったようだ。 しかしそんなリアクションをとられて、 こっちがどぎまぎしてしまう。年がいもなく。 「あ、あの‥」 「ハ、ハイ。なんでしょうか?」 「この‥ ショコラ‥‥ ひとつ」 「ハイ」 こちら側から出して、小箱に入れて渡す。 「有難うございました。またどうぞ」 俺の言葉に反応するように、 軽く頭を下げて彼女は出て行った。 可愛かった、かなり。 小さくて、なんかリスみたいで。うん。 いいよな〜、ほんと。 「タカシちゃ〜ん。何ボーッとしてんの?」 店長の声で我に返る。 「ほら、お客さんがお待ちかね!」 気づけば数人のお客さんが並んでた。やばい。 帰り際、店長から、あしたは大丈夫って言われた。 吉田さんから電話が来たようだ。 助かった〜 途中で飯食って、家に帰ってそのまま爆睡。 やっぱり精神的にかなり疲れてたんだと思う。 ダッフルコートの彼女が夢に出てきた。 おいしそうにショコラを食べてる。 ふと顔を上げてこちらを見つめる表情が、とても素敵だった。 *------------*------------*------------*------------* 「お先に失礼します」 「おつかれ〜」 「おつかれさん」 「ねぇねぇ?」 すっかり元気になった吉田さんが、帰り際の俺を呼び止める。 そういえば、あの地獄の一日から、もう一週間が経っていた。 「なんですか?」 「あのさぁ、毎日ケーキ買っていく女の子がいるの」 「?」 「でね。変なのよ。レジのときに、奥のほうを見てるの。 人を探すみたいに。あんたの知り合い?」 「いやぁ、そんなわけないでしょ。女の子の知り合いなんて。 いたら嬉しいけどね」 「おかしいなあ〜 だって、工房の人って、 タカシちゃん以外は、所帯持ちの年齢いった人ばっかりだし‥‥ 制服の上にダッフルコート着た高校生なんだけどね〜」 あのコだ。 「なんか、思い出したの?」 「いえ、記憶にないですね」 「ふーん。じゃ余計なことしちゃったかな」 「え?」 「タカシちゃんの上がり時間、教えたんだけど‥」 定刻から15分は経っていた。あわてて裏手から外に出る。 後ろで吉田さんが何か言ってたけど、無視した。 大通りに出る手前に人影。 近づいたら、あのコだった。 師走の北風の中、ぽつんと立っていた 「こんばんわ」 ビクッとしてこっちに振り向く。 やっぱりそうだ。 「待ってた‥ の?」 「あ‥ ハイ」 「俺を?」 しっかりうなずくのが見えた。 でもそのあとうつむいたままで、無言の時間が続く。 えーとえーと。そうだ! 「行こう」 「?」 「ここでずっと立ってたら、風邪引いちゃうよ。 俺の行きつけの喫茶店、すぐそばだから。話はそこで」 強引に連れて行く。 *------------*------------*------------*------------* 喫茶店に入る。店の名前は「ブラン」 その名の通り、夏でも雪のディスプレイが素敵な(?)店。 顔なじみのマスターの趣味は、今もって理解できない。 コーヒーと食い物のうまさは認めるが。 「今日は寒いね、タカシちゃん。なに食べ‥‥」 俺に続いて入ってきた人物を見て、マスターの動きが止まる。 そりゃそうだ。 女っ気のかけらもなかった俺が、女の子連れて来れば。 勝手に一番奥のテーブルに座る。 「マスター。俺、いつもの。あ、ご飯は?」 「食べました」 「じゃ、マスター、冷え切った人にココア追加」 納得いかない表情のまま、マスターは料理に取り掛かる。 「で? どんな話?」 彼女は、うつむいたまま、なかなか話し出そうとしない。 せっつくのがためらわれる雰囲気。 無言の時間が過ぎる。 特製ナポリタンとココアが到着した。 「どうぞ。ここのココア、おいしいよ」 「じゃ、いただきます」 両手で包むようにしてマグカップを持つ彼女。 「あったかい」 気づいたらマスターがまだそこにいる。 「なんですか?」 思いっきり冷たく言ってみる。 残念そうに引き上げるマスター。 *------------*------------*------------*------------* next |