クレームブリュレは焼けた?           (1)

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ドアが開く。ユカの笑顔が出迎える。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
「こんにちは。おじゃましま〜す」
「あ、ママは今いない。ちょっと近くに出てる」
「そうなんだ」
「遠慮しなくても大丈夫。
 ちゃんと、タカシさんが来るって言ってあるから。
 すぐに帰ってくるし。
 それより、寒いから中に入って、ね?」
うながされるまま、玄関を上がる。

「あ、これ、いちご。おいしそうだったから。
 え? いや、いちおう俺、社会人なんだから。
 ひとの家にお邪魔するのに、手ぶらってワケにはいかないよ。
 あと、これはユカに。たいしたもんじゃないけど」
「わ〜 ありがと。なんだろう?」
向かい合っておこたにあたる。

「見ていい?」
「いいよ」
「なんでしょうかね〜?」
出しにくいのを苦労しながら、ユカが取り出す。
それは、大きな袋いっぱいの駄菓子。

「わぁ〜! すご〜い!
 にんじんだぁ! この形がね、いいのよね。
 ちゃんと、ベビースターみたいなのも入ってる。
 あっ! ラムネだ。
 ふーん、キャラメル味のコーンは本物なんだ。
 見て見て! この、おにぎりせんべい、かわいい〜」
指差しながら、子供のようにはしゃぐユカ。

「気に入ってもらって、うれしいよ」
「うん! だって、いいじゃない?
 いろ〜んなのが入ってて、わくわくしちゃう〜!」

「でも‥‥ どうしてわかったの? 私がこれ好きだって」
にんじんの形のパッケージを取り出し、
さっそく、中のふわふわしたものを食べながらユカ。

そうやって食べている姿は、やはり幼い。
君ね〜 やっぱり、まだまだお子様なんだよ。
だからこれ好きかな、って思ったわけで。
しかし、そう言ったらむくれるだろうな、たぶん。

「あ、いけない。お客様にお茶も出してないじゃない、私。
 入れてくるね。ちょっと待ってて」

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その日、めずらしくブランは混んでいた。

「もうそろそろ、焼き菓子の季節も終わり?」
「お、業界通の発言」
「へへ、そりゃあ、少しは覚えないとね」
「ちょうど今、『クレームブリュレ』を教わってるとこ」
「なにそれ?」
「クレームはクリーム。ブリュレは『焦げた』」
「焦がしたクリーム?」
「うん。で、これが、焼き加減がかなりむずかしい。
 素材の水分に合わせて、微妙に温度と時間を変えなきゃいけないんだ」
「ふ〜ん。大変なんだね、お菓子って」
「まぁね」

「そうそう、大事なこと忘れてた。
 俺、あさって、久しぶりに休みなんだけど、
 行きたいとこ、ない?
 どこでも連れてってやるよ、ユカの行きたいとこ」

俺の言葉に、ユカは考えてる。
マスター特製のココアを、両手に抱えたまま。
なんか、クルミを抱えたリスが、動作を止めた瞬間みたいで。
即断即決の彼女には珍しく、長い時間がかかっている。

ユカは、こちらを見上げながら言った。
「どこも、行かなくていい」

クリスマスからこっち、
けっこうハードスケジュールだったのをユカは知っている。

「大丈夫。ユカに心配してもらうほど疲れちゃいないよ。
 それに、そんなにトシじゃないぞ。俺」
「ブッブ〜 は・ず・れ! そうじゃなくて、
 いま、ずーっと、どこに行きたいか考えてたんだよね。
 で、全然思いつかなかった。ひとっつも」
「ひとっつも?」
「そうなの。変でしょ?」
「でも、どっかあるだろ? いろんなのあるし」
「さいごに‥‥ ひとつだけ見つかった」
「それ、どこ?」

「ジャーン! それは〜 タカシさんのそば!」
「‥‥‥‥」

「タカシさんって、リアクション取れなくなると、
 そういう怖い顔になるんだよね。いつでも」

余計、なんと言ったらいいかわからなくなってしまう。

結局、ユカの家に遊びに行くことで、落ち着いた。
どっか行くのは、またこの次でいいだろう。

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ガン。
「あっ! 痛っ‥‥‥‥」
台所のほうから、鈍い音とユカの声が同時に。
そして何の物音もしなくなる。
その静けさに不安を覚え、急いで台所に行く。

冷蔵庫の前にうずくまるユカ。低い声でうなってる。

「どうした? だいじょうぶか?」
「ううっ‥ ハァ‥‥ ハァ‥‥」
「いったい、どうしたんだ?」
「ぶつけた‥」
「?」
「思いっきり‥‥ そこに」

ユカの指差す先にあるのは、食器洗浄機の扉。
開きっぱなしになってる。鉄製の重そうな奴が。

「ポット、取ろうとして、思いっきり、足を」
さすってる手をどかして、むこうずねを見る。

かすかに血がにじんでいて、もう膨らみはじめてる。
おこたのそばに座らせて、ちょっと触ってみた。
「痛!!」
とりあえず水に濡らしたタオルで傷口を拭いて、
そのまま冷やす。

「どうしてここまで思いっきりぶつけるかな?」
「だよね」
「じゃなくてさ、自分の家だっていうのに ‥あれ?」
「?」
「ここにも‥‥ あれ、こっちにも」
「‥‥‥」

「全部‥‥ さっきのとこ‥‥ で?」
「ううん。おこたとか、テーブルとか、いろいろ」

ひざのちょっと上にもすごいのがあった。
なんか傷跡になってて。
「これは1年前、3針縫った、たしか」
絶句。

鍵のまわる音と「ただいま〜」の声がいっしょにした。
俺とユカはびっくりして振り返る。
「あ、ママ、おかえり」
言葉もなく立ち尽くすユカのママ。

「あんたたち‥‥」
「え?」「?」

視線の先を見る。
ユカのスカートがモモまでめくれてて、
俺の手がそこにあって‥‥
いや、ちがいます、誤解です! これは

「別に、いいんだけどね
 あんまり仲のいいとこ、見せ付けられてもねぇ、
 ママどうしたらいいのか、困っちゃうじゃない。
 それに、そういうことは自分の部屋で。ね? ユカ?」


しばらく話をして、やっと分かってもらった。
「ごめんなさい、ちょっと早とちりだったみたいね」

俺は気付いた。
ユカがそそっかしいの、この人の遺伝なんだと。
惚れたら一直線なのも。

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