ビターなバレンタインチョコ           (1)

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「はじめまして。木下友香です。
 お仕事するの初めてですので、
 色々とご迷惑かけるかと思いますが、
 よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げるユカ。
バレンタインデー週間限定の、午後3時からのアルバイト。
彼女は既に、店の服を着ている。ピンクのメイド風の。

俺、見とれてた。
ガトー・シャンティの制服って‥‥
こんなに可愛いかったっけ?

「はい、こちらこそよろしく。
 改めて紹介するまでもないか。
 タカシちゃんの彼女ユカちゃんに、
 一週間、お店を手伝ってもらいます。」

「この人が吉田さん。もう知ってるね。
 ユカちゃんはこの人の指示に従ってください。
 吉田さん、お願いね。じゃ、よろしく」


休憩時間に少しだけ話することが出来た。
「どう? 外、寒くない?」
「ぜんぜん! それに、すごく楽しいの」
「よかった。じゃ、その調子で」
「うん」

それは、さっきちらっと見たとき、わかってた。
素敵な笑顔で「ありがとうございました」って、
お客様が女の子なんで、妬く必要がなくてよかった。
彼女にとって、天職なのかもしれない。

帰り、ブランに行ったとき、ユカは紙袋を持っていた。
「なにそれ?」
「商売道具」
「?」
袋を開くと、ガトー・シャンティの焼き菓子が出てきた。

「ほら、チョコレート以外のことも聞かれるのね、けっこう。
 あと、甘いのが苦手な彼氏にって。
 で、どんな味か知っておきたくて、帰りに買おうとしたら、
 とおりかかった店長が、少しずつ見本でくれたの」

コーヒーを持ってきたマスターにわけを話した。
なんかいつも、あやまってばかりだ。

「ユカちゃんが売り子? で、そのために商品チェック?
 感心感心。ウチにも欲しいな、ユカちゃんみたいな子。
 暇なときだけでいいから。
 考えておいてよ。ね?」
「はい、ありがとうございます」

「で、一週間、ずっとタカシちゃんと一緒なわけ?」
「売り場と工房で離れてますけど‥‥」
「そうか。もうシュミレーションしてるんだ」
「あ‥ わかります?」
「そりゃもう。誰かさんと違ってね」

二人が俺を見る。
「そんなの聞いてないよ」
「普通分るだろ。
 タカシちゃんって、こういうとこ鈍いから。
 苦労するね、ユカちゃんも」
「いえ、そんなことは‥」
「あるよね。うんうん」

「ちょっと〜」
俺の抗議は、気持ちよく無視された。
マスターはカウンターにもどり、ユカは味見を開始している。
なにごともなかったかのように。

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二日目。
ユカはさっきから一人でお客様の相手をしている。
どんなものが欲しいかとか、渡す相手の年齢とかを聞いて、
種類を選んで勧めている。
なんかずっと前からこの店にいたみたいに。
ときどき店の中にきて、別な商品を包んでる。
きのうの学習効果が、もう出ているようだ。

お客様のお見送りも、ごく自然な笑顔で。

「タカシちゃん! なにやってんの〜」
工房で俺を呼ぶ声。いけね。
「すぐ行きま〜す」
俺の声に気づいたユカがこっちを向いて、余裕のピース。
ひとの心配してる場合じゃないや。

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俺は厨房にいて、ユカはお店のカウンターで。
前に見たときよりも、もっとお腹が大きくなってて。
「痛っ!」
「どうした?」
俺はあせってユカのそばに行く。またやったのか?

ユカは自分のお腹を撫でている。
「中で思いっきり蹴るの、この子。
 タカシさんに似て、やんちゃで困っちゃう」
なんだ。そうだったのか。おれはまた‥

でもそれ違うと思う。ユカに似たんだよ‥‥

そういえば‥ 俺、いつ独立したんだっけ?
ここ、ガトー・シャンティじゃないし‥‥

ん? ショーケースの中、ショコラばっかりだ。
あ、そうだ。まだ俺これしか作れないんだった。

どうすんだよ〜! こんないっぱいのショコラ!

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