...Are you ready?


真凛の両腕がものすごい力でオレの胸をおしのける。
この細身の体のどこにそれだけのパワーがあるのかと、
不思議に思ったくらいの強さで。

真凛が見せたそんな行動に不意をつかれて、
オレは両腕の力を緩めた。

自由の身になった真凛は、オレとの距離を少し離して座りなおした。
肩を震わせ荒い息をしている。頬はこころなしか紅いようだ。


さっき、二人の言葉が途切れて彼女が不思議そうにオレを見つめたとき、
意を決してオレは彼女を抱きしめ、キスしようとした。
決して突然ではない。一ヶ月ぐらい前から思ってたことだった。

そして、見事に力いっぱい拒絶されたわけだ。

なんか、オレの勘違いだったのか?
つまりオレが思ってるほど、真凛にとってオレって重要度高くなくて、
言ってみれば‥ ただのお友達? そんなオチなのかこれ?
それはつらすぎる。

すぐ横に座る真凛は、顔をそむけるようにしてる。
見たことのない、よそゆきの彼女がそこにいた。



けさ。風が強くて少し寒い中、駅前で真凛は待っていた。
遠くから見てもキョロキョロしてるのがわかる。
そしてオレを見つけた瞬間、とびっきりの笑顔を見せた。
激しく手を振るので首に巻いたマフラーが飛び跳ねている。
そんなオーバーアクションが少し恥ずかしく思えたけど、
実は結構うれしかったりした。

「おはよう!」
そう言う真凛の息が、そのままふんわり白く残る。

きょう、オレたちの12月23日は、こんな風に始まった。

朝一番の上映で、映画館はたいして混んでなかった。
映画は前評判どおり最高だったけど。

でもオレは、上映中も隣の真凛を見てることが多かった。
画面にくぎ付けのその表情が、くるくるとかわって。
そんな彼女を見てるだけで、とても愉しい気分になれたからだ。
オレとしてはダブルで素敵な時間だった。

見終わってすっかりファンタジー気分に染まったオレたちは、
ファミレスでブランチをとった。

「もうじきだな」
「なにが?」
「入試」
「ん〜 なんか他人事みたいだね、篤志」
「いやまあ、どっかには入れるだろ、高望みしなけりゃ」
「緊迫感ぜんぜんだね。わらっちゃうぐらい。
 でもいいよね〜篤志んちは。
 うちなんかお金あんまりないから、公立以外NGだし。
 これでもかなりのプレッシャーあるんだ」
「でも問題ないんだろ? 今の成績なら」
「まあね」

今日は遊びの日。二人で前に決めていた。

参考書と辞書と試験問題集に囲まれる日々の中での唯一の安息日。
とはいっても、それは真凛の話。
新作RPGに疲れてるだけのオレにとっては、
連日の戦いから開放される日、というぐらいの意味しかないわけだけど。

「さて、腹もふくれたし。
 んと、どうしようか? どっか行くにはちょっと半端だね」

「‥‥そうだ、ひさしぶりに私んち来ない?」
「どうして唐突におまえんちなんだ?」
「だって今日は特別寒いし。
 でも篤志んとこ行ったら、すぐゲームじゃない?
 いつも一人でのめりこんじゃって、私置き去りなんだもん」
「そうだったっけ?」
「これだもの」

別にオレに異存は無くて真凛の家に二人で向かった。

すぐ近所でも、意外と会うことのない人がいる。
彼女のお袋さんは仕事をしているせいもあって、
顔を会わせたのは本当に久しぶりだった。

「んまぁ〜 あっくん、ちょっと見ないうちに立派になって〜」
肩つかまれてグルリと一回転させられた。
そんなに珍しい生き物じゃないんですけど?
ただの高校3年生の男子で。

「うち、男の子いないから、あんまりね〜
 一匹居るのは、『むかし男の子』で、面影なんて今はもう全然ないし。
 いいねぇ〜 男の子って」

ひとしきりオレに関する多角的な分析が行われ、
最後にケツをぱしーんと痛いほど強く叩かれた。
「サンキュ。いいもん見させてもらった」
なんなんだろこの人は。

ともかくオレは無事に開放された。
目の前では親子の会話がさりげなく交わされている。

「ごはんは?」
「さっき二人で食べてきたから、全然おなか空いてない」
「じゃ、もうちょっとしたら紅茶でも入れよっか?」
「うん、それでいい」


階段をのぼって真凛の部屋に入った。

ベッドに腰掛けた瞬間、香りが違う、ってなぜか思った。
比較する対象がオレの部屋じゃ話にならないかもしれないが。
それにしてもなんというのか。

さっきの映画の話なんかしてたけど、
でもそのときにはもう、オレは落ち着かない状態になっていた。

窓の外は木枯らしが吹いていて、木の枝が揺れていた。
そして目の前には真凛がいた。



なんというか、完全にオレの一人相撲だったわけ?
それなら、ま、あきらめるしか、ないか‥

しっかし、おまえ、さぁ〜
やっぱり誰でも、男ならああなると思うけど、ほんとに。
さっきのオレみたいに。やっぱり。
真凛の横顔見ながら、心の中でオレはそうつぶやいた。

そうだろ?
だいたいおまえがさ、おれのそばでうろちょろしててさ、
いつだって、その笑顔でさ‥‥


「準備‥‥  できました!」
突然、真凛の声がした。

同時に彼女はゆっくりとこちらに向き直る。
笑顔の真凛がオレを見つめてる。

表情のあちこちに固さが残ってはいるが、
なんか、さっきとは全然違う雰囲気。

「準備‥ って‥ いったいなんの‥」

「えっ? あっ‥ だから‥ あの‥」

言いよどんだ真凛は、恥ずかしそうに視線を下にそらす。

ん?

と、思ったらドーンって体を預けてきた。
オレの肩にもたれかかるようにして。

ドクッ ドクッ 
鼓動が急激に跳ね上がって頭に血が上る。

横を見る。目が会う。
上向き加減の真凛が目を閉じた。

キスした。

柔らかい唇の感触に、オレの思考回路は完全に停止した。


ずいぶんと長い間そうしていたような気がする。
ゆっくり唇を離した。
ポワーッと上気した真凛の顔。
目が半開きで、ちょっとうつろになってる。

「大丈夫?」
「え? んと‥ 大丈夫じゃ‥ ないみたい」
「?」
「なんも考えられない、今」
ニコッと笑った。

その笑顔を見たら再び抱きしめるしかなかった。
そしてそのままベッドにもつれこむように倒れて。

至近距離で真凛を見つめた。
オレの背中に回された手にギュッと力が入る。
首を少しかしげるようにして真凛も俺を見てる。

二度目のキスはさっきより長くなった。



「さっきさ」
「?」
「最初、みごとに拒否って感じで」
「うん」
「でも‥‥ なんで?」

ちょっと間が空いた。言葉を選んでる。

「えっと、そのぉ‥  いちお、覚悟は出来てたわけだけど、
 いざってなるとやっぱり‥ ああなっちゃったんで、
 そういうこと」
「そっか。ビミョーすぎてよくわかんないけど」

「あんたたち〜」
下の階からおふくろさんの声がした。
「もうすこししたら降りておいで〜 今、紅茶いれてるから」
「わかった〜」

立ち上がった真凛はオレの顔を見た。

「あ、唇にリップが」
「え?」

「ティッシュ、ティッシュ」
真凛はあわてていつものポーチを探ってる。

あわててたのだろう、中から何かが飛び出して足元に落ちた。
真凛は気付いてないみたいだ。
オレは足元に光るものを拾い上げた。
ビニールパックの小さな‥

「あっ!」
オレが手に持ったものに気付いた真凛は、
あわててそれを奪い取ってバッグに押し込む。

「見た?」
「ま、その‥」

「あ、あ、あの‥ ママがね、いちお、持ってろって。
 こういうこと、さばけてるっていうか、その」

ふ〜っ。驚きだ。
いやそれは、時がきたら当然そんなふうに。

それより、目の前の彼女が今のとても気にしてる雰囲気。
いけない。ちゃんとオレの思ってること言わないと。

「じゃ‥‥ それはそんな日が来たら、ということでいいかな?」
目を大きく見開いたかと思うと、
うつむき加減でコクンとうなずく真凛。

「それじゃ、そのときまでにちゃんと心の準備をするように。OK?」

こっちを見上げる彼女の瞳に、みるみる涙が浮かぶ。

「ん。ラジャ。今回のようにあたふたしないように努力致します」
かわいく敬礼をしてる。

そんな真凛に、オレはもう一度小さくキスをした。


- Fin -

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