:: Make Up ::




あたしはやっぱり馬鹿だ。
康平を「バカ」って言う権利なんて全然ない。
それが証拠に、あたしは裸で、となりには康平がイビキかいて寝ていて。
おまけにここはラブホテル。

なんかなりゆきで元カレに抱かれちゃった「馬鹿女=あたし」なわけで。
自分がこんなにゆるい女だとは流石に思ってもみなかった。
ひとときの興奮が醒めた瞬間から、ずっと自己嫌悪にさいなまれてた。

思い出してみると、最初のときと全然違っちゃいない。
あたしが康平と付き合い始めたきっかけも、彼の寂しそうな目だった。
子供のようにおびえて、助けを求めるその目にあたしは一発でやられた。
そして今、痛い経験を学習することなくまた同じ事をしてる。

でも、あたしと康平の名誉の為に付け加えるなら
普段の彼はとても粘り強くてたくましくて、
どんな事態になっても頼りになるヤツだった。
付き合っている間ずっと、彼はあたしを無条件で支えてくれていた。
わがままばっかりのこんな女を、とても大切にしてくれてて‥‥

あの頃のこと思い出してたら、涙が出そうになった。

帰らなくちゃ‥‥
こんな状態は未来に向かって何も生み出したりしない。
そしてこの負の連鎖は何もしなければいつまでも続く。
どこかでこの流れを断ち切る必要がある。
たとえそれが半端じゃなくつらくても。

そう思ってあたしはベッドに手をついて起き上がろうとした。

結果としてあたしはそうすることが出来なかった。
康平の手があたしの手をしっかりつかんでいたから。
寝ていなかっ‥ たの?

肩を抱かれ、腕枕されて向き直される。
「話しておきたいことがある」
康平は見たことも無いほど怖い顔をしていた。

「いいよ別に。明日になったらこのことも忘れるつもりだし。
 ちょっとした気まぐれだったし。あんたを責める気も無いし。
 それに昔の話聞いてもいまさら何かが変わるわけでもな‥」
「違うんだ!!」
語気の強さにあたしは口をつぐんだ。

「あの日、お前の見た女は‥ オレの姉だ」

えっ! アネ? アネって姉?

「といっても血は繋がってない。オヤジの再婚相手の連れ子で」

「今思えば、小さい頃からオレはずっと姉が好きだった。
 でもそれは普通に姉を慕う気持ちなんだと思ってた。
 最初から実の姉弟でないことは二人とも知ってたし、
 世間で見るより少し仲がいいかな、ぐらいの関係だった」

「でも、姉に縁談の話が来て結婚の日取りまで決まったとき、
 初めてオレは自分の気持ちに気付いた。あまりにもそれは突然だった。
 梨花がそばにいて多分こいつと結婚するんだろうな〜
 って思ってたオレが、こともあろうに姉に恋してたなんてさ」

「オレはこの気持ちを死ぬまで表に出さないって決めた。
 それが一番だと自分を無理矢理納得させて」

「でもそれはすぐ無意味な決断になった。
 あの日姉が来て姉のほうから一度だけ抱いて欲しいと頼んできた。
 同じように、姉もオレを男としてみていたんだ、ずっと」

「断ったよ、なんども。
 でも、一度だけ、もう二度とこんなお願いはしないという姉に、
 オレは結局うなずいてしまった。
 ‥‥そしてそこにお前が来た」

「お前が部屋を飛び出していったあと、彼女は打ちひしがれていた」

『私が自分の選択で苦しんでもそれは自業自得。
 でもね、
 コウちゃんの幸せも私の夫となる人の幸せも、
 そして今の彼女の未来も、私のわがままで奪っていいはずない。
 こんな女は生きててもしょうがないよね‥ そうだよね‥』

「オレは必死で説得したよ。俺の隠してた気持ちも伝えて。
 姉も驚いていたよ、
 まさか二人が同じ想いを持っていたとは思ってなかったから。
 それからずっと夜が明けるまで話しをした。
 そうして姉は、全てを心の奥におしこめて、
 普通の生活に戻ることを約束してくれた」

『この部屋を出たら、死ぬまでコウちゃんと私は弟と姉なんだね。
 でもその前にひとつだけお願いがあるの
 恋人として最後のキス、してくれる?』


     *   *   *   *   *


「結婚してすぐ姉夫婦は旦那の転勤でロスに向かった。
 お袋がしょっちゅう電話でも話してるらしく、
 仲良く暮らしてるって嬉しそうにオレに教えてくれた」

「昨日お袋から転送メールが来てて、姉貴ついに御懐妊だって。
 添付ファイルの写真じゃ、旦那大喜びしてた。姉貴も飛びっきりの笑顔で。
 オレそれ見てやっと安心できたってゆうか‥」

あたしは目を閉じて涙をこぼしてる康平を見て、
その想いの深さに、何も言えなくなっていた。

康平が起き上がり、正座して私のほうを向きなおる。

「あの、勘違いして欲しくないんだけど、
 お前に許して欲しいと思ってこの話をしたわけじゃないんだ。
 ただ、お前だけにはオレの気持ち知っておいて欲しいと思って。
 誤解されたままじゃイヤだったんだ。
 決してあの頃お前を好きだったオレの気持ちは嘘じゃなかったって、
 それだけは信じて欲しいんだ、頼む」

康平は頭を深く下げた。

「‥‥‥わかった。それは信じるよ。
 康平はこういうことで嘘はつかないもんね」
「そうか‥ わかってくれたか。
 はぁ〜〜
 なんか肩の荷がおりたっていうか、ほんとにありがと」

「んで、あたしからもお願いなんだけど、
 あの‥ ちょっとだけ目をつぶってもらえる?」
「えっ?」
「いいから早く」
「‥‥‥」

康平はしぶしぶと目を閉じる。あたしはその前に立った。
右手をうしろに引いて、目の前の男の頬を思いっきりひっぱたく。
無防備な康平は、突然の衝撃にそのまま横倒しになった。

いちおう高校ではテニス部キャプテンをつとめたあたしだから、
ストロークの強さはまだ健在だったみたい。
そんな気がして、グーでやるのは遠慮したわけだけど。

そのまま向こう向きの体勢で康平がつぶやく。
「いってぇ〜! おま‥ おまえ‥ なんでこんな‥」

「こっちを向かないで! そのまま目をつぶって!
 そう、そのまま聞いてろ!」

「さっきから聞いてりゃさんざん惚れた女のことばっか言いやがって。
 そんな話を延々と聞かされるあたしの身にもなってみろ。
 なんだかんだ言ったってあんたがあたしを裏切ったのは事実だし、
 あたしはあんたのせいでずっとつらかったんだ、今まで。
 あんたが辛かったよりも何倍も何十倍も。
 こうやって今、自分だけ楽になって、それでいいと思ってるのか!?
 それって勝手すぎない? エゴ丸出しじゃない!!
 この‥‥ エロばかヤロウ!!」

あたしの啖呵に康平は言葉を失っていた。
こっちも一気にしゃべったせいで息が切れてぜいぜいしてた。

「‥‥ごめん。梨花。全部おまえの言う通りだ。
 おまえのつらさをオレは全然考えてやれてなかった。
 ほんとにごめん」

「もういい!」
「ほんとに‥ ごめん‥ どうやって梨花に」

「もういい!
 それより、少しはすまないって気持ちがあるなら、
 これから言うあたしの質問に正直に答えてくれる?」
「‥‥あぁ なんでも答えるよ」

「昔、つきあってたとき康平はあたしのことが好きだった?」
「それはさっき」
「答えだけでいいから」
「‥‥うん、好きだった ‥大好きだったよ梨花のこと」

「じゃ、今は?」
「‥‥そんなこといまさら聞いたって、なんになるんだ?
 だいたい俺たちはもう」
「答えは?!」
「梨花!」
「答えは?!」

あたしの目はそのときにはもう涙であふれてた。
なにも見えなくて、ワイパーが必要なぐらいだった。
涙はどうしても止めようがなかった。全然無理。死ぬほど無理。


「答えは?!!」

「‥今でも ‥好きだよ」
「声がちっちゃくて全然聞こえないよ!」
「‥だから言ってんだろ? 今だっておまえのこと好きなんだよオレは!!
 でも、もうオレにはおまえを好きになる資格なんか」

あたしは康平に全部を言わせることはしなかった。
なぜなら、次の瞬間康平の体に向かってダイブしてたからだ。

「な、な、なんだよ? 痛いだろう。なにをいったい」

あたしは答えのかわりに康平の唇に自分の唇を重ねた。
始めは驚いてたけどすぐにあたしを抱きしめてくれた。
気付けばあたしが下になって康平が上で。

こんどは康平主導で長いキスを交わしたあと、ゆっくりと唇が離れた。
なんか視線を感じたので目を開いたら、すぐそばに康平の顔があった。

「後悔しないって約束できるのか?」
「モーマンタイ(無問題)!」
「あのさ、ちょっといい場面なんだからまじめにちゃんと答えろ」
「じゃぁ‥ 後悔しないって約束します!」
「ほんとに‥ いいんだな?」
「くどいなぁ、今日の康平。大丈夫だって。
 もう吹っ切れたから。だからさ、もう一度やりなおそう?」
「もう一度、最初っからか?」
「うん!」

康平があたしを見つめる目に、あたしはとろけそうになって‥‥

突然康平が苦しみだした。
なんかあったのかと思ったら、大笑いを始める。
なんで?
「まじめにって康平さっき言ってたじゃない? それなのに」
「いやいやこれはちょっとすごすぎる」
「?」

突然あたしはお姫様抱っこされた。
バスルームに連れて行かれ、鏡の前におろされた。

「見てみろよ」

あたしが裸であるという事実よりも、
鏡の中の私の顔が強烈な状態にあって10倍ほどのインパクトを持っていた。

アイシャドーが流れ、ファンデは剥げ落ちて、
リップとグロスがだんだら模様を作っていて、なんというか‥‥‥
これはヤバイって。

「ちょっと一人にしてもらえる? かなりの緊急事態だから」
「無理! こっちのほうがもっと緊急!」

あたしの小さな願いもむなしく、
康平に再びお姫様抱っこされたあたしはベッドルームへと連行される。
Make Up より Make Love 優先って、あいかわらず康平は身も蓋もない。

いや、あたし的にも別にそれで‥ いい‥ んだけど‥ アッ!



                            :: END ::


2005-10-28