:: Make Up ::
光の点滅とともに着信音が鳴った。
メロディはあたしの携帯のデフォルトで、味も素っ気も無い奴。
あたしの他に誰もいない静かな化粧室が、無機質な音で満たされる。
夕方に始まった会議が終わったのは、ついさっきだった。
チームのプレゼンの進行役をやらされてもうヘトヘト。
ここに来て鏡を見たら、お化粧がかなりまずい状態になっていて、
とりあえず剥げかけのグロスだけでもなんとかしようと、
バッグを開いた瞬間に携帯が鳴り出して。
確かこの音で登録した人はいないはず。
じゃ間違い電話かなと思いながら、携帯を取り出しふたを開けた。
電話番号だけが大きく表示されている。
その数字を見た瞬間、思わず声を出した。
「え‥ そんなの‥ 反則だよ‥」
あの日やっとの思いでメモリーから消した番号。
でも、あたしの記憶エリアから完全になくなってはいなかった数字たち。
鳴り止まない音にわれに返って、あわてて通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あっ、やっとつながった」
「オレ、康平」
「うん」
康平の声、忘れてないし。
「今いい?」
「大丈夫」
「えっと、元気にしてた?」
「まあね」
「そっか‥ 突然で悪いんだけど、ちょっと会えないかな?」
康平の言葉は昔とおんなじように耳に優しく響く。
あたしがその声にドキドキしてしまうのも、あの頃と一緒だ。
それだけはなんにもかわってなかった。
「え? いま?」
「そう。いや、梨花が空いてたらでいいんだけどさ」
空いてるって言えば空いてる。別に予定なんか無い。
会議でお弁当が出ちゃったから、
せいぜい家に戻ってメイク落としてゆっくりお風呂につかって、
それぐらい。
「どこ?」
「じゃ、いいの?」
「うん。別に予定ないし」
「いや、実はおれ、おまえんとこのビルのまん前に来てるんだ」
「へ〜 多分、5分ぐらいでそこに行ける」
「りょ〜かい。待ってる」
自分でも驚いていた。
たくさんの出来事があって別れた男と、
結構普通に話せることがとても意外だった。
1年前まで康平とあたしは付き合っていた。
あたしが康平の部屋に泊まることも多くて、
そっちのほうでもなんか相性いいみたいな‥ そんな感じがあって、
もしかしたらこの人とずっと‥ なんてあたしは漠然と思ってた。
ただ康平のとこに泊まるようになった頃から、
こっちの仕事が忙しくなって、康平とすれちがうことが多くなっていった。
ひどいときには一週間お互いに寝てる顔しか見てないこともあった。
そのことを康平に謝ったら、彼はあたしをまっすぐに見つめて、
笑顔で「がんばれよ」って励ましてくれた。
仕事が一段落したら、露天風呂のあるペンションに行こうって、
二人でそんな計画を立てて楽しみにしていた。
ある日、予定してた北海道出張がドタキャンになり、
康平を驚かそうと思って連絡しないで彼の部屋に入ったあたしが見たのは、
「あたしたち」のベッドにいる康平と知らない女。
どこにでもある話はどこにでもある結末。
そう、あたしは二度と康平とは会わなかった。
ちょうど一年前のことだった。
* * * * *
「お待たせ」
「じゃ行こうか」
「うん」
たどり着いたのはショットバー。
二人でカウンターに座る。
あたしたち‥
そう‥ あたしたち二人はこういうお店が好きだった。
時にはショットグラスで無謀な飲み方もした。
「ワイルドターキーのライ」
「エヴァンウィリアムスの9年」
お酒の好みは変わってなかった。
でもオンザロックにしてるのが一年前とはちょっぴり違っていた。
「乾杯‥ って‥ 何に乾杯しようか?」
「再会に」
「再会に!」
「んで、話って?」
「えっ、あぁ、うんそれが‥‥」
なんか言いにくいことみたい。じゃ‥
「例の彼女とはうまく行ってるの?」
「‥‥‥」
空白の時間が長く感じた。いや、嫌味に言うつもりはなかったんだけど。
「彼女とは‥ 別れた」
「えっ!」
「あの日、梨花がオレの部屋を飛び出していったあの日に」
どうして? って聞きたかった。なんかつじつまが合わない気がしたから。
でも聞いてもしょうがないことだと思い直して言わなかった。
だって、康平とあたしはもうなんの関係も無いのだから。
ただの元カノと元カレ。それだけ。
でも、なんか、今夜の康平はとっても寂しそうだった。
だいたい女の気を引くために演技が出来るような人ではない。
今夜は寂しくて、恥も外聞も無くあたしを誘った。
それが最初の電話でわかったからこうして今飲んでる。
なんか、とても大きな出来事が彼を襲ってるって、
そんな感じが最初からしてた。それが何だか正確には分からなくても。
早すぎる彼のピッチがその証拠。こんな飲み方をする人じゃなかった‥‥
「大丈夫?」
「なにが?」
何杯目かのバーボンで、既に彼の体は椅子の上で横にかしぎ始めてた。
見返す彼の目は既にうつろだった。
「多分、あなたが今抱えている悩みは、お酒じゃ解決しないとあたしは思う。
だからもう飲むのやめなよ」
「‥‥なんでそんなに自信を持って言える? 他人の悩みに」
「だてにあなたの彼女を2年もやってたわけじゃないし」
「ふっ」
下卑た笑いとともにあおろうとするグラスを、あたしは手で押さえた。
怒りとともにあたしを見る目に、無言のまま目で説教してみた
「いつまで馬鹿やってるの?」
彼は理解したのだろう、みるみる怒りの色がおさまっていく。
「帰ろう?」
あたしが手を差し出すと、よれよれの状態で康平は立ち上がる。
康平の差し出す財布でお勘定を済ませ、抱えるようにして外に出た。
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