目覚め


母が台所から振り返って私を見ていた。
「目が覚めた? もう大丈夫かな〜? どれどれ」
近寄ってきて、さりげなくおでことおでこをくっつける。
私はなぜかそんな母のしぐさに、子供心にどきどきしてしまう。
「熱、さがったね。もう心配ないかな。すぐにお粥が出来るから待ってて」
そう言うと、母はむこうを向いて、食事の支度を再開する。
トントントントン。眠気を誘うリズミカルな包丁の音が続く……

……私は少しの間まどろんでいたのだろうか。
包丁の音で目が覚めたとき、なんとなくそう思った。
でも、見上げた天井は、なぜかさっきまでと違って、目が痛くなるほど白い。

すぐに完全に覚醒した。そして私がもう6歳の子供ではなく、
19歳の女のはしくれであるという当然の事実を思い出す。
ついさっき見た気がした台所の母の姿は、遠い昔の記憶にすぎなくて…

トントントントン

…どうやら包丁の音だけは、記憶の再現ではなく実在のようだ。
周りを見まわす。大きなベッド。白いシーツ。見覚えの無い家具。
どこ? ここは? なんで私こんなとこにいるの!?

そんな私の動揺を無視するかのように、遠くから規則的な音は続いている。
上半身を起こす。私はブラとパンツだけしかつけていなかった。
しかし、何も異常はないようだ…… 別に、何も、たぶん……

そばのいすにあったバスローブをちょっと借りた。
ついでにふかふかのスリッパも。
ともかく音のするほう、出口と思われるドアを開ける。



広いダイニング。ローズウッドっぽい床。壁にかかる上品な絵。
恥ずかしげもなく部屋の一角を占める大きな液晶テレビ。
こんなリッチな部屋って、私は雑誌の中でしか見たことがない。

音を立てないようにしてドアを後ろ手に閉め、中まで進む。
右手に台所があって、そこに男の人が背中がを向けて立っていた。
かなり背が高い。包丁の音を立てている。
急にリズムが停止した。たぶん私の視線を感じたんだろう。男が振り向く。

「おはよう〜 もう大丈夫?」
私は息を飲む。硬直したまま身動きすら出来ない。
なんで?! なんで加賀見先輩がここにいるの?!

「どうしたの? なんかお化けでも見てるみたいだけど?」
笑顔が私に向けられている。
あぁ、やっぱり素敵。私はこの笑顔に出会うと、とろけてしまいそうになる。
高校のバトミントン部にいた時からいつだって…
いや、今はそんなこといってる場合じゃない!

「あ〜、やっぱりそうか」
「え?」
「じゃないかと思った」

そう言いながらこちらに向かって来た。わ、どうしよ。
私の腕をつかみ、ゆっくりとダイニングの椅子に腰掛けさせる。
目の前で私の目を見ながら話し始める先輩。
「でさ、ジュンちゃん、ゆうべの事な〜んにも覚えてないの?

………なんか私 ……やっちゃった?



えっと、

ゆうべは高校のバトミントン部の同窓会で、加賀見先輩もいて。
私、なんか結構うかれて飲んでて。お店を出たときには……

って、そこから先の記憶が、全然、なんにも、からっぽ。
お〜い!

「かなりオヤジ入ってるよな〜 飲んで記憶無くしちゃうなんて。まだ若いのに」
笑いをこらえながらの失礼な一言だけど、私、言い返すことができない。

「ここ、俺のアパート。終電もなくなったんで、とりあえずおまえを寝かせた。
 あと。一応言っておくけど。俺、襲ってはいないから。安心しろ」

「というより、酒くさくてやたら文句多くて、
 気付いたら、よだれ垂らしながら馬鹿でっかいイビキかいてててさ。
 そんなのを襲える奴が居たらお目にかかりたいぐらいだけどな」

恥ずかしさのあまり、顔から火がふきだしそうだった。

「そうだ。ゆうべジュンちゃんの家に電話だけは入れておいた。
 心配するといけないから」

そんな。それは絶対やばいって、ぜったい。

「電話してみます」
あわててテレビの近くのソファーに移動して、ケータイで自宅に電話を入れた。
呼び出し音がもどかしい。



「あ、あたし。母さんは?」
「え? おねぇちゃん? 母さんは出かけてるよ。
 えっと、まだ彼氏んとこにいるの?
 …もしかして、まだベッドの中だったり? ぬくぬくって二人で? フフッ」
「あんた! なんて事を言うの?! あたしは」
「い〜のい〜の、照れなくたって。おねぇちゃんの幸せ邪魔する気なんてないから。
 そうだ。母さん今朝、言ってたよ。優しそうな人だし、礼儀正しいし。
 こんど家に連れて来て、正式に紹介してほしい。って。
 あたしも見たいな〜 おねぇちゃんの彼氏」

とりあえず家族は心配してなかった。というより思いっきり誤解の嵐。
でも、その誤解を解く方法も見当たらなかったので、適当に話して電話を切った。
妹が何か言ってたけど無視。すべては帰ってからにしよう。

このあとのいろいろを考えて、私は足元を見ながら大きくため息をつく。
ふと視線を感じて顔をあげると、目の前に加賀見先輩の顔があった。

「どう? 家のほう、大丈夫だった?」
「…はい。心配はしてませんでした。ありがとうございました」
「よかったよかった。じゃ朝メシにしよう。こっちに来て」

すぐそこ、テーブルの上にはいつのまにか…
ウェッジウッドのティーカップが上品に並んでて、
朝メシと表現してはいけない感じで。

でも、どうなの、この現実って?
こんな朝に、コンチネンタル・ブレックファストを前に差し向かいで座って、
憧れの加賀見先輩が私の分の紅茶を、今ポットから注いでいるんですよ?

私。涙、出そうだ。いや、もう出まくってる。
バスローブの袖で目立たないように拭いた。



しかし、感動と食欲は全く別物らしい。悲しいくらい。

なんか一気に食べて満腹中枢が警告を出しまくる状態になったところで、
目を上げると驚愕の顔がそこに。
もう私って最低。自己嫌悪が津波のように襲い掛かる。アホ! 馬鹿!
絶望の淵に沈む私の耳に、先輩の声が聞こえた。

「あのさ」
「は、はい」
私はここで今、「女失格!!!」と烙印を押されるのだろう。
嘲笑われたとしても自業自得だ。

「あの… ひとつだけ教えて欲しいんだけど」
なんか違うみたい。でもなんだろう、やけにあらたまって。

「きのうさ」
やたら言いにくそうにしてる。
「ジュンちゃんさ」
わ・た・し・が? まだあるの?

「俺のこと… 好きだって、言ってたけど… あれ、本気?」

ノックアウト。そんなことまで言っちゃったんだゆうべ。
え〜い。もういい! 覚悟決めた。玉砕だぁ!

「それ、本気です。ずっと前から、先輩のこと、好きでした」
言っ… ちゃっ… たよ… おい…

「それって… おそいよ、ジュンちゃん!」
怒られてる、ような、
「え?」



椅子に座ったままの私を先輩が抱きしめた。そしてキスされた。
な、なに? この展開って

と思ったのはほんの一瞬。唇から伝わるあたたかさと、
包まれるように抱きしめられてる心地よさで、なんかとってもホワホワしちゃって。
そう… 幸せ… とっても幸せ。

キス自体、全然経験なかったりする私。だからこれが初。
彼氏いない歴19年はダテじゃない。

でも、押し付けられた唇をいつのまにか逆に吸い返してる自分がいて、驚きまくり。
うぉ、私って実はエッチぃおんなだったんだ〜

唇が離れ、抱きしめられたまま、耳元で言われた。
「俺につきあってる人がいるって、そんな噂聞いたこと、ある?」
そういえば… 不思議にそんな話って聞いたことない。
どう見てもいい男なんだけど。
アタックして振られた友達は結構いた。みんな断られてて。

「だろ?」

「昨日はさ、俺、ジュンを口説く気であそこにいったんだ」
当然そんなの初耳。いやそれより、今、呼び捨てされた!? ジュンって。
かなりの快感。うれしいよ〜

「部活の先輩が、受験前の後輩をかどわかすのもどうかと思って、
 卒業するまで待ってたんだよ。だからきのうやっとさ」

そんな先輩の気遣いを踏みにじるように泥酔した馬鹿女が約一名ここに。
でも、かまわないって。私でもいいんだって。うぉ、また涙が。



「了解?」
「RE:了解」
メールならこうなるところを、私と先輩は目でこんな会話した。
もう何年も恋人同志だったみたいに。

そして、椅子から立ち上がってちょっと背伸びして、もう一度熱いキスを交わす。

ここだ。私は肩に掛かるガウンを、自分から脱いで床に落とした。

何度も夢見てたこと。この人に抱かれること。
他の誰でもない、目の前の憧れの人と素敵な思い出を作ること。

「どうしたのいったい?」
あわててガウンを拾おうとする先輩。
恥ずかしくて言葉になんか出来っこない。そのまま下着だけの姿で抱きつく。
「おいおい」
その言葉も完全に無視。私は強く抱きつく。お願いだから気付いて!

少し、考慮時間。何秒か二人ともそのまま。不安。

私は急に抱き上げられた。横抱きに。

やった! それが正解です、先輩。合ってます。

先輩の足はさっきのベッドルームに向かっている。



ベッドに横たえられたとき、どういう風にすればいいのか見当もつかなかった。
処女の正しいベッド姿勢! なんてあるわけないだろうけど。
背中向けるのもいまいちだし。どうすりゃ、

ブラの上から胸をつかまれた。

「ウッ」
悩ましい声は他の誰でもなく私の声だった。

両方の胸。乳首のあたりを指でこねられて、おもわず両手で彼の手をつかんだ。
かまわず愛撫が続けられて。それからカップの上の端から指が侵入してきた。

そして直接つまんで。コネコネって。
すぐにブラはずされた。体傾けて外しやすくしてあげたけど。

胸のすそのほうキスされてる。
少しずつ移動しながら頂上に向かって動いて、最後に乳首にチュッってされた。
ビクンって体が動いてしまう。反対側も同じようにされてビクンって。
よくわからない感覚だけど、気持ちいい… みたい。

あれ、唇がおなかのほうに。
それは、勘弁して。滅茶苦茶くすぐったい。ほんとに。
死ぬほどくすぐったいの、そこは!

「だめ! やめて!」

その言葉が恥ずかしがってるせいだと思われたみたい。違うんですけど、全然。
制止する私の腕を両手でつかんで、大幅に勘違いの儀式が続く。
やめろ〜! いますぐ!



やっとおへその所を通過したのでひと安心。いや、待て。そのまま行くと。

「だめ! やめて!」

こんどは本当に恥ずかしくて声にした。でもやめる気配は全然ない。
なんとか体をねじって避けようとしても、足元の体重と腰を掴む手で全然効果がない。
努力の甲斐なくついにあそこに彼の顔が。

ゆっくりと、あそこの毛をおしわけるように彼の舌が入ってきた。
汚いってそこは。口とか舌でさわるのやめて!

「ああっ!!」
一番敏感な場所を舌で触れられたとき、私は思わず声を上げ体を硬直させた。
両ももが痛いくらいつっぱってた。彼の顔を押し上げるように腰が持ちあがる。

それからもずっとそこをゆっくり刺激されて、だんだん私の頭がモワーッとなってきた。
最初はあまりにも強烈な感覚に戸惑いを感じ、
気持ちいのか痛いのか自分でもわかんなかった。
でも今は、正直気持ちいい。
ヌメヌメとあちこち動き回る舌が一番敏感なとこに触れる瞬間が、待ち遠しいぐらい。

「ヌチャ」みたいな音がさっきからしてる。濡れてる? 私が?
そういえば舌の感触が最初のときよりスムーズに感じられる。

両手で足を開かれ、大きく下から上に舐めあげられた。
だめだよ〜 そんなこと…… したら…… アン… そんな

急に、愛撫が止まる。
薄目をあけて足元を見たら、彼が部屋の奥で引き出しあけてた。
手に持った小さい袋は多分コンドーム。先輩優しいな〜 うれしいよな〜
って。 これから、入れられちゃう… わけ? 私、ヤられるの?



すごく緊張した。わかってはいたことだけど。誘ったのはまぎれもなく私だけど。
さすがに初めてだし。かなり痛いって友達から聞いてるし。

そんな混乱状態の私の上に、先輩が覆い被さってきた。
「せ、せんぱい」
イヤということは決してないけど、やっぱり怖かった。

「その言い方、やめない?」
「え?」
「こんな状態で先輩もないだろう」
そう言いながら胸つかんで揉んでる。せんぱいが。
確かにこんな呼び方、この場面には似つかわしくない。

「えっと」
どう考えても名前は無理! そんなに一足飛びにはできっこない。
「加賀見さん」
これで精一杯。充分恥ずかしい。目あけてられない。

「じゃ。ジュン、そろそろ始めるよ」
えっ!

足、開かれた。彼の腰が割ってはいる。あそこに、なんか、あたってる。
ギュって圧力がかかってちょっと痛いと思ったら、ヌルンって下にはずれた。
もう一度。やっぱりヌルンって。私が濡れすぎてるのか、うまくいかない。

「むずかしいな、思ったより。ジュン、場所教えてくれないか?」
そ、そんなこと。なんで私の口から。無理。

というより、そのお言葉からすると、先輩も初めてだったり?



「そういうこと。お前のこと気にしてたらいつのまにか、ってわけだ」
私の疑問に気付いたようで、恥ずかしそうにそう言った。
んもう。こんなんあり? 私のために他の女は抱かなかったんですか? マジですか?
たまりません。うれしすぎます。

実を言うと、彼とのセックスを妄想してるとき、あそこに指入れたことがあるから、
だいたいの場所の見当はついてた。何度もやったし。
だから、自分の指でそこの上押さえて、「この下」って小さく耳元で言った。
彼は自分のソレを手でおさえながら、私の指をたよりに…

痛っ!!  や、やめよ!! やだ! やっぱりやだ!
胸を押したけどびくともしない。ずんずん入ってくる。

ほんの一瞬の後、彼のものが私の中にきっちり納まっていた。
ズキッ、ズキッ。鈍い痛みが続いている。彼が動き始めるとそれが更に痛くなった。

なんかうめき声を上げながら、彼は私のあそこに腰をくりかえし打ち付ける。
もう我慢できない、痛すぎる、やっぱやめてもらおうと思ったとき、
彼の動きが止まった。
「ウッ!」
私の上で体が硬直してる。え? これって?

力尽きたみたいに、私の胸に彼の顔が乗っかってきた。多分、終わったんだ。
無性にうれしい。
入れられてからは快感なんて全然なくて、痛いだけだったけど。
これがいつか気持ちよくなるなんて、ほんとかな。そんな感じ。

私の横に位置をかえた彼が腕枕してくれた。もう片方の手で私の髪を撫でてる。
ここに来るまでの流れに様々な問題点はあったけど、
結果オーライでとっても満足。 最高。



彼が起き上がっておでこをくっつけてきた。目と目がほんの数センチの至近距離。

「ジュン。後悔してない?」
「全然!」
キッパリと言い切った。

怒っちゃうよ? そんなこと言うと。
なんて私の本心を言葉にするのはなんだったから、目でそれを訴えてみた。

返事はなくて、ただ力いっぱい抱きしめられた。うまく伝わったみたいだ。

その時、私はふと昔読んだ文章を思い出していた。
母親の腕に抱かれ、男の腕に抱かれ、神様の腕に抱かれる。
それぞれの場面で至福の時を過ごすことが出来るのが女。
そんな感じだったと思う。

今、私はまちがいなく2番目の時間にいる。
なんとかたどりつけた、この場所。この人の腕の中。

私は充分満たされてた。

…5分後に再び彼が、獣のように私を襲ってくる瞬間までは。



[Fin]

初出:おんなのこでも感じるえっちな小説6 2004/09/07