パーキングにて

もうじき昼だ。
次のパーキングで昼飯にしたほうがいいかもしれない。

叔母の家を出たのが2時間前。
もう少しゆっくりしていけば、と引きとめられたが、
あいにくと翌日にどうしても外せない用事があって、帰ってきた。

親戚には2種類ある。
血が遠くで繋がっているだけの、戸籍上の親戚。
もうひとつは、生活の中で密接に繋がった家族のような親戚。
叔母一家は、私にとって後者であった。
一時期、私の家族と隣同士で住んだこともあり、
父と母が相次いで亡くなったあと、叔母夫婦に様々な形で助けられた。
金銭的にも、精神的にも。

そんな叔母夫婦のご主人が亡くなったと聞いて、
私はすぐに車を飛ばして叔母の家に向かった。
死に顔は思いのほか安らかだった。

親代わりになって、面倒を見てくれた叔父のやさしさに、
ついに応えられずにこんな形で会うことになるなんて。
私は自責の念にとらわれていた。

しかしそんな私を見たら、叔父はきっとこう言うだろう。
「気にすんなって。そんなことはどうでもいいことだよ。
 勝ちゃんと清美ちゃんがこうして元気で暮らしてるなら、
 俺は満足だから」
そういう人だった。昔から。

パーキングのレストランでカレーを食べ、外でタバコを吸う。
小さな公園で、車に飽きた子供達が走り回っている。

その中に、まだオムツも取れてない子供が、よたよたと歩いているのが見えた。
二足歩行の学習途上というべきか、あきらかにバランスが悪い。
見る間にころんでしまう。
泣きながら起き上がり、そばの母親のもとへたどり着く。
「あら〜、転んじゃったのね……」
「お〜……よしよし。いたくない、いたくない」
強く抱きしめて子供の動揺を静めた後、
母親は、転んだ時についた服の汚れをふき取っていた。
猫の母親が子供をなめてきれいにするのと何も変わりがない行動。

あるいは、叔父の気持ちもこのようなものだったのかも知れない。
義理とかしがらみとか姻戚関係とか、そんなものではなく。
毛づくろいをしてくれる親をなくした私達兄妹を、
「守る」ような気持ち。たぶんそうなんだろうと気づいた。

車に乗ってからもそのことを考えていた。
そして一つの結論に達した。
そう、いつまでも叔父と私のことで悔やむのは間違いだろう。
できるのは、その恩を次の人たちに返していくこと。
私にはあそこまでの優しさはないが、近いことは出来るかもしれない。
それがうまく出来たら……

「そう、そうしてくれると一番嬉しいな、勝ちゃん」

どこからか叔父の声が聞こえたような気がした。