雛祭り


入り口でカートにカゴをのせる。
今日は牛乳とビールを買う予定なので、ふたつ。
午後にバザーがあるので、珍しく午前の早い時間だった。
この時間スーパーマーケットは、まだ混んではいない。
理香はを連れずに一人で来るのも久しぶりだった。

野菜のエリアから、いつもと同じように回り始める。
氷に埋もれた青みの魚。特売の牛肉のパック。
ショーケースをぼんやり見ながら献立を考える。
値段と栄養バランスと、家族の好き嫌い。
誰か考えてくれるといいなって、いつも思う。
料理を作るのは別に苦にならないけど、
毎日毎日献立を考えるのは、これはこれで苦痛に近いものがある。

必要なものをいろいろカゴに入れて、レジに向かう。
目の前に一人、男の人が並んでた。
そのスーツ姿はここではかなりの違和感がある。
一人暮らしのサラリーマン?
支払いの瞬間に横顔が見える。
葛城さんだった。

声をかけるのを、なぜかためらう気持ちがあった。
私のレジが終わったとき、
袋詰が終わって、スーパーの袋を抱え外に出て行こうとしていた。
瞬間的に呼びかけていた。

「あの‥」
「? あぁ、山下さんじゃないですか。こんにちは」
「こんにちは」
「お子さんどうですか? 理香ちゃん‥でしたっけ?」
「はい、理香は嫌になるぐらい元気です」
「嫌になるぐらいですか。よかった。これでひと安心」

「あ、このかっこ、変ですか?」
「?」
「なんか気になるみたいだから」
「いえ、そういうわけじゃ‥」
「出張の帰りで、自宅直帰なんですよ。
 このカッコで買い物も恥ずかしいんですが、
 冷蔵庫が空っぽで、食べるもの何にもないんで」

そういえばカバンがある。小さなアタッシュケース。
言葉が途切れた。

「葛城さんのご自宅、この近くなんですか?」
聞いてみたら、私が知ってるマンションで、かなり近い場所だった。
「それじゃ」
「はい。また」

帰り道。考えてた。
「また」
もう一度会うことなんてあるんだろうか?
それはないはず。
ただのあいさつの言葉のはずが、心に引っかかる。
会いたいの? 私? そんなわけないのに。


和枝さんのご主人はとても器用な人だった。
焼きそばを手つき鮮やかに作り上げる。
客の呼び込みも見事で。
バザーの花形だった、まちがいなく。

「和枝さん。ご主人ってたしか‥‥」
「うん。会計事務所勤務のサラリーマン。
 考えてることわかるよ。私だって、このひと居酒屋とかが天職かも?
 って思っちゃうのしょっちゅうだし」
笑ってた。時折、他の屋台行って指導してるし。
なんかテキヤの親方みたいにしっかり場を仕切ってた。

夜。晩御飯のときに和男にそんな話をする。
理香も「好子ちゃんのパパすごかったよ〜」って。
和男がボソッって言う。 「去年は散々だったからな」

そうだった。去年は和男も参加していたんだ。
綿あめ担当の和男は、最初に綿を飛ばしまくって、
あっという間に白髪のおじいさんになっていた。
理香と二人で思い出して笑ってしまう。
和男にとっては人生の汚点らしく、
「忘れろ、あのときのことは〜」
と嫌がっていた。

葛城さんに会ったことは言わなかった。
言う必要はないと思った。
別にたいしたことじゃないから。


次の日の朝、幼稚園に行くバスを待ってる間に、和江さんが言い出した。
「去年の白髪のおじいさん、今年は来なかったけど、どうしたの?」
「あの人、ちょうど昼から会議で参加できなくて」
「見たかったのに〜!」
和江さんはおどけて言う。


子供たちを見送ってから、家に戻る。
洗濯をして、掃除をして。
コーヒーをいれて、メールチェックをする。
高校の頃からの女友達から、珍しく届いていた。
同じくらいに結婚していたはず、確か。

離婚する、って書いてあった。
原因は彼女の浮気。5歳年下の彼がいるのばれたって‥‥
前から、旦那が超まじめで面白みがないってぼやいてはいたけど。
昔から気が多かったから、彼女。やっぱり変わってなかったんだ。
子供いなかったし。
それにしても旦那じゃなくて、自分の浮気か〜。

主婦として立場上は応援はできないけど、
昔から惚れやすいあんただから、思うままに生きなよ。
って書いて送った。
思いのままに行動して、それなのに落ち込んでるの見え見えだったから。
こういうとき、いつも私のとこに来る。昔から。
それでも1週間後には、しっかり元気になってるだろうけど。
いつもと同じパターンで。

天気が良かったので、家中のカーテンを洗うことにした。
午後に取り込んで、付け直しているうちに、
いつのまにかお迎えの時間になっていた。急がなくちゃ。

バスがちょうど着いたところで、理香が降りてくるのが見えた。
「ママ〜」「おかえり!」

家に戻り、ダイニングで二人でティータイム。
「手を洗ってらっしゃい」
「ママ!」
「なーに?」
「理香ねぇ、好きな人できちゃった」
「!」
なぜかとても驚いた。
理香のことばよりも、理香の「好き」ということばに、
私の胸が締め付けられるように痛んだことに。

「同じキリン組のユースケ君。
 とってもすてきなんだ〜 サッカーうまいんだよ、すご〜く!」
理香はそう言い放って、洗面所に向かって走っていく。

私は和男を愛している。それは間違いのないこと。
でも、「好き」っていうあのワクワクした思いとか、
切なさで胸がいっぱいになったあの頃のことが、
ずいぶんと昔のことのように思いだされてしまう。

時は私のまわりを、通り過ぎてしまい、
私は置き去りにされてしまったのだろうか‥‥


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