Prologue:

心から戦争が好きな人間なんて、世界中探しても一握りしかいない。
それでも不思議なことに、世界のどこかでいつもそれは起きている。
私の祖国も今、はるか遠くの国で戦闘状態にある。
ワイアットアープよろしく、世界の治安を守る保安官をきどってはいるが、
彼方の地で死んでいく若者にとっては、そんな大義名分は何の意味もない。

彼らが出した最後の手紙。
ほとんどは自分を待ち受ける死を知らされることもなく綴った文章。
恋人に、あるいは父親や母親にあてたその思いを、
なんの慰めにもならないであろうおくやみの言葉とともに届けるのが、
この私、ジョナサン・K・モリタの仕事だ。

そして今、私のポケットの中には4通の手紙がある。







『最後の手紙』




1st mail ジョージア州:

グレイハウンドバスは、砂煙をあげながら走り去ってゆく。
ゆっくりと小さくなり、昔見たミステリーゾーンのタイトルのように、
それは点となって地平線のかなたに消えた。

この街でバスを降りたのは私一人だった。
まわりを見回しても人の姿がまるでない。
さながらゴーストタウンの様相を呈している。

すぐそばにドラッグストアがあった。
その外壁は、もう何十年も手入れされたことがないのだろう、
元のペンキの色さえ判別できない状態となっている。
ドアを押し開けると、蝶番が予想通り大げさな音を立てた。

奥のカウンターに人がいた。かなりの老人だ。
目の前に新聞を広げ、ほおづえをついて読みふけっている。
私の位置からはその視線が見えないせいで、
まるでつくりものの人形にしか見えない。

声を掛けようとした瞬間、人形の方から声がした。

「なにか用かい?」

ゆっくりと眼鏡をかけなおしながら私を見つめる。

「あ、あの、私はジョナサン・モリタと言います。
 ちょっとお伺いしたいことがありまして。
 え〜っと… あれ? ちょっと待ってください」

先ほどまで覚えていたはずの人名が思い出せない。
ポケットから封筒を出して宛名を目で追う。
そう、これだ。最近もの忘れが多い。

「あの、クリストファー・モリソンさんのお宅がどこか、知りたいんですけど」

ミルクのガラス瓶の底を思わせる眼鏡の奥で、
疑わしそうな視線が私の頭から靴の先まで1往復した。
片田舎に現れた見ず知らずの人間は、判を押したようにこの扱いを受ける。

「私は、国防総省の外郭団体から依頼を受けて、
 ブライアン・モリソンさんの『最後の』手紙をお届けに来ました」

老人の眉がピクッと動いた。
しばらく無言でいたが、ゆっくりとうなづきながら言葉を口にした。

「そういうことか。すまなかったね。最近はこのへんも物騒なんで。
 モリソンさんの家はすぐそこだが… そうだな、私が案内するよ」
「いえ、お手を煩わせるのは心苦しいので、道順だけで」
「いいや。どうせ暇なんで、構わんよ。
 誰も来やしないんだから、気にしなくていい。
 ちょっと表で待っててくれんか? 店を閉めなきゃいかんのでな」

あえて断る理由はなかった。

すぐに出てきた老人がドアを閉めようとしてる。
が、どうやらうまくいかないようだ。
見てると勢いをつけて、ドアを力いっぱい足で蹴飛ばした。
大きな音がした。
驚いたことに、ドアはきれいに収まっていた。

鍵をかけ、こちらに来る彼は片足をひきずっていた。
手には杖を持っている。
そばに来るとポケットから煙草を出しこちらに勧める。

「君は吸わんのか? この街にロスの役人みたいなのは居らんぞ?」
そういって黄色くなった歯を見せて笑う。
「……じゃ、遠慮なく」
もう何年も煙草をやめていた私だったが、なぜかその時は吸いたかった。
好意に甘えることにした。

二人して煙草をくゆらせながら歩く。

「前の戦争でな」

……年齢からすれば、ベトナムではなく第二次大戦だろう。

「そう、ヨーロッパ戦線だよ。遠い昔の話しだ。
 フランスのツールーズでドイツの狙撃兵に撃たれてな。
 その頃はツキのなさを嘆いたりしたが、
 今となっては命が永らえているだけでよかったと、そう思ってるがね」

「ところで、モリタ、っていう名前は…」
「えぇ、私は日系です」
「やはりそうか。じゃ、いくつぐらいで?」
「第二次大戦が終わったとき、私は7歳でした」

「……君達は、あの頃微妙な立場だったな、いろんな意味で」

収容所。徴兵。忠誠。蔑視。祖国……
歴史の中で、日系人のアイデンティティが試された瞬間だった。

「えぇ。私自身は何も分からなかったのですが、
 父親と母親はいろいろと苦労をしたと聞いてます」
「だろうな」

言葉もないまま、同じ時代を共有する二人の人間は、
過去から現在に至る同じ時間を、心の中でトレースしていた。

「ここだよ」
立ち止まって指差す先には、一軒の綺麗な家があった。
穏やかな陽射しの中に、よく手入れされた庭が広がる。
緑の芝生が目に眩しい。

「じゃ」
「あ、ありがとうございました」
私の言葉を待つことなく、老人は少し右に傾いたまま遠ざかりつつあった。
手をあげて、ゆっくりと歩み去る。


呼び鈴を鳴らす。
ドアを開けたのはこざっぱりとした服装をした中年の男性だった。

私が訪れたわけを手短に話す。
男は警戒心を緩め、私を部屋へ招きいれた。

「クリストファー・モリソンと言います」
そう名前を名乗りながら、ソファーの前で私の手を強く握った。

「そこに座ってください。今、女房を呼んできます。
 そうだ。飲み物は冷たいのと温かいのと、どちらがいいですか?」
「じゃ、温かいのを」
モリソン氏が部屋を出てゆく。階段を上る音がした。

ソファーから見える庭の景色はとても綺麗で、
この家の住人がかなりの手間をかけているのがよくわかる。
しかし、そのとき、
風に揺れる窓のカーテンがなぜか頼りなさげにみえた。
なぜだかわからないけど。

コーヒーカップを二つ持ってモリソン氏が現れる。
「すみませんね。
 女房、調子が悪くて部屋を出られないって、そう言ってて」

「どこか、お体が?
 あっ、ごめんなさい、立ち入ったことでしたね」

「いえ…… 息子の件を聞いてからずっとではあるんですが」

コーヒーに口をつけ、味わう間もなく私は自分の仕事に戻る。
いつものカバンを開きブライアン・モリソンからの手紙を出し、
父親の前にそっと置いた。
彼はそれを手に持ち無言で封を切り目を通し始める。

正直に言えば、私はクリストファー氏の姿を正視してられなかった。
あわてて庭に視線をうつす。

二度と話し合うことの出来ない息子と、
クリストファー氏は、最後の会話をしていた。
私にそれを邪魔する権利などあるはずがない。

静寂のときが過ぎていく。


「モリタさん……」

「どうしてブライアンは死ななければいけなかったのでしょうか…
 わからないんです、いくら考えても」

既に読み終えた手紙はテーブルの上にあって、
彼は窓の外を見やりながら、ひとりごとのように言葉をつなげた。
その頬には涙の跡があった。

悲しみと怒りを秘めたその表情を前に、私は言葉を失う。
決して彼は私にその感情をぶつけようとしてるわけではない。
持って行き場のない思いがそこにあるだけだ。

「あ、すみません。あなたに言うべきことではなかった。
 …ほんとに」

「いえ」

「……あいつ …ブライアンは私と女房の自慢の息子でした。
 親ばかと言われればそれまでですが。
 今までブライアンは何の問題も起こしたことはなかった。
 そりゃ、ハローウィンであまりにもリアルなゾンビの仮装をして、
 お向かいのジェンキンス夫人が卒倒してしまったことはありますし、
 プレッピースクールの卒業パーティーで二階から飛び降りて、
 全治3ヶ月の骨折をしたこともあります」

当時のことを思い出したのか、つかのまクリストファー氏は微笑む。

「あいつは、私と女房にとって神様のくれた最高のプレゼントでした。
 でもなぜ、そんな神様がブライアンの命を奪ってしまったのでしょう。
 なぜ…」


そう言ってうつむいた父親の肩は大きく震えていた。

人影が視野の端に見えた。ゆっくりとこちらに歩いてくる。
その女性は軽く目で私に挨拶をし、クリストファー氏の隣に腰をおろす。
ミセス・モリソンだ。
そっと、うつむいたままのクリストファー氏の手にその手を重ねる。

驚いて見やる夫に夫人は微笑む。
すぐに二人はそっと抱き合う。
夫人の方が夫を抱きしめ慰めているように見えた。

「あとは…
 私達がこのことを受け入れる… だけ‥
 それしか… ないんですね…」

ミセス・モリソンが抱き合ったまま淡々とことばを口にする。

「お、おまえ」
体を離したクリストファー氏が驚きの表情で夫人を見る。

「大丈夫じゃありませんよ、ぜんぜん、今でも」

「でもお二人のお話聞いてて、私、考えたんです。
 もしね、もしもブライアンがここにいたら
 私達がずっと泣いていると、あの子つらい思いをしてるだろうなって。
 だって急に死んじゃったことだけでもあの子にとって大変なのに、
 私達がもっとあの子を苦しめたら、
 やっぱりそれはいけないことだと思ったの」

妻の言葉に一瞬驚いたクリストファー氏は、
すぐに深いため息をついた。

「あの…」
夫人が私を見ている。

「あっ、申し遅れました。ジョナサン・K・モリタと申します」

「……モリタさん。あとは私達が耐えるだけの問題になると思います。
 多分何年、いえ、何十年経ってもブライアンのことを
 本当に笑顔で語れるようになる日なんて来ないと思いますけど、
 少なくとも、彼が私達にくれた日々を感謝できるようには、
 なれる気がするんです。ね? あなた」

「……かなり時間がかかるとは……思うがな」
「えぇ、そうは思いますけどね」

支えあう夫婦の姿がそこにあった。
突然に訪れた不幸をなんとか二人で耐えて行こうとするその姿に、
涙があふれてきた。

もう、この人たちは大丈夫だ。
そう思えた。

「では、私はこのへんで」
「あ、まだいいじゃないですか。
 お昼ご飯食べ行けばよろしいのに」
「そうですよ、モリタさん。
 こいつの作るミネストローネスープは絶品ですし」

引き留める夫妻になんとか許しを乞うて、
私はモリソン家をあとにした。
玄関先にはずっと二人の姿があった。


先ほどのドラッグストアまで戻る。
さっきの老人が笑顔で出迎えて、商品棚から冷えたコーラをくれた。
礼を言い、それをかかえたまま表に出てバスを待つ。

まっすぐ枯草の大地を横切って続く白い道
その上に広がるジョージアの空は、どこまでも澄み切って青い。
悲しいことなんかこの世のどこにもなかったように、

ただ美しく。青く。どこまでも……


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