のいる風景


生家で姉一家と同居してる母から電話があったのは昨夜のことだった。
胃にポリープが見つかったんで入院するとのこと。
ものが小さいので開腹手術はしないが、念のための一泊二日らしい。

「だから来なくていいよ、たいしたことないから。仕事もあるだろうし。
 いちおう言っておかないと、って思って電話しただけだから」
「……わかった。じゃまたこんど、元気になってから行くから」
「そう。みんなでゆっくりおいで、待ってるよ」

電話が終わったとき、旦那が本から顔を上げて、こう言った。

「行けるときに行っておいた方がいいんじゃないか?
 生命の危険があるかどうかに関係なく、顔を見に行くつもりで。
 だいたい、しばらく会ってないだろ?」
「うん、そうなんだけど、家のこととか、あと会社とか」

「おれ達のことなんか気にする必要はない。なんとかなるさ。
 コンビニだってレトルト食品だってあるし。
 会社のことだって、君はろくに有給をとっちゃいない。
 ちなみに、この家での『有給』も、ろくにとってないのは君だけだ」

あいかわらず冷静なお言葉。見れば娘もうなずいてる。

部活で遅くなって、今、夕飯を食べているわけだが、
女がてら口いっぱいにをつめこむのは、あれほどやめろと言ってるのに。
思わぬところが、やたら旦那に似てたりする。

頭を現在の懸案事項に戻す。結局私は旦那の提案に従うことに決めた。

明日、出来る限り仕事を片付けて……
あ、列車をネットで予約しておかないと……

「うわぁ、どうしよう」
私の叫び声に、旦那が再び本から顔を上げてノートPCの前のこちらを見た。

ちなみに読んでるのが難しい経済書とかならかっこいいのだけど、
間違いなくベタ甘な女性向け小説。
娘と同じ本を喜んで読んでる旦那というのも、いいんだか悪いんだか。

「どうした?」
「新幹線、いっぱいで全然とれない。
 始発の自由席狙いか……あそこ結構遠いんだよね〜 立ち席になったら」

「いや、ちょっと待って……
 そうだ。大学のときの知り合いが旅行会社にいるんだ。
 俺たちの結婚式で飲みすぎて暴れてた、ほら、杉山ってヤツ。
 なんかあったら連絡くれ、ってついこの間も言われてるから。
 そうだな。午前中に結果、メールで入れる」


翌朝、通勤途上で母に電話を入れる。
会社に行き上司に理由を話し、猛スピードで仕事を処理する。
そして昼前、メール着信。

『明日 07:30 423号 東京駅 12号車 4D 確保』

軍隊か?! とつっこみたくなるようなそっけない文面。
『Re:ありがと』
ともかく返す。


「仕事、なんとかなった?」
「まあね」

帰宅早々、旦那は私の仕事のことを心配してくれる。
娘が風呂に入ってたので、なんだったら抱きついちゃおうかと思った瞬間、
さらに旦那が口を開く。

「じゃあさ」
「?」
「いや、さっき思ったんだけどさ。
 お礼は言葉だけじゃなくて、やっぱりこう……」

途切れた言葉と共に旦那はキッチンの私のとこに忍び寄ってきた。
さすがに娘がいないと大胆だ。昔から普段はとびっきりシャイなくせに。
そして耳元で囁かれる。

「おっぱいのひとつぐらい見せてもらわないと」

ハァ? ナニイッテンデスカコノヒト?

「期待してるから」
そう言い放って寝室に着替えに向かった。

いやいや、前からそうだとは思ってたんだけど、
やっぱり私の配偶者は筋金入りのアホだった。
いま、念入りに理解させられた、って感じ。

じゅうぶん好きにしてきたし、とことん見てるでしょ、あなたは。
ずっと夫婦やってるんだし、おかしいでしょ、そのオーダーは。
そんな私の心の中のつっこみに気付いてるのかいないのか、
発言の主は晩御飯を普通に食べ始めていた。


ここんとこ、家では、娘・私・旦那の順番で風呂に入ることが多く、
私が今こうして寝室にいるってことは旦那がお風呂中ってことで、
そしてカラスの行水ウルティメイトであるからには、もうすぐ……

ガチャッ!

寝室のドアが開いた。
バスローブ姿の旦那が頭をタオルで拭きながら登場。
そしてベッドの上に座る私を見る。明るい室内灯のもとで。

「!!!」

ハハ、驚いてる。してやったり。
いや、こっちも相当に恥ずかしかったりするんだけど。
なんせ、この季節は着てるTシャツをつけてない=丸出しっていう状況で。
さすがにボトムはつけてるけど。

新婚の嫁さんならいざ知らず、ほとんどオバさんとなった妻のおっぱいなど、
なぜにリクエストしたのだろう、こいつは……

ほんとに理解の限度を越えている。
しかし許容の範囲内だったので、いいかなって思って実行してみた。

まぁ、ドアを閉めるのさえ忘れて、
うっとりと私の胸を見つめてたあの表情に免じて、この件はよしとしようか。


次の日、母と会ったときに開口一番で言われた。
「おまえ、幸せに暮らしてるんだね。見ただけでわかるよ」
そしておなじことを姉にも言われる。

なんですかそれ? どんな陰謀なんですか? って思ったけど、
すぐに気がついた。なるほどと。

まぁ、アホ同士、気兼ねなく暮らしてるのがいいんだろう、と。

が、翌日から、肉親というのは情け容赦ない関係なのだと思い知る。

「たまには親孝行もしてもらわないとね」
鬼のような母の言葉に、私の久しぶりの帰郷は家政婦としての日々となった。
姉も仕事を持っていて平日に半病人の相手はできないから、当然といえば当然。
最初からその予定だったのは確かだけど。

休暇として認識できぬ日々を過ごし、家に戻って、私は心底からほっとした。

ここが私の『家』なんだろう。
アホな旦那と娘と私と、三人でゆるゆる暮らすための空間。

しかし、そんな私の感慨は、
散らかり放題の我が家が、ものの3秒で吹き飛ばしてくれた……

Fin

2009-09-18 サイトオリジナル