As You Like It  〜お気に召すまま〜

「青コーナー! オーrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrランド〜!!」

やたら巻き舌にこだわるカン高い声のリングアナに紹介され、
青コーナーの青年は、軽く手を挙げて観客の歓声に応えた。
舞台は公爵主催のレスリング大会、決勝戦のマットの上。

にこやかに四方に手を振るオーランドの脳裏に、
一瞬、ここ数年の自分の暮らしが思い浮かぶ。

裕福な家庭の末っ子として自由気ままに暮らしてきた彼が、
兄オリヴァーが家督を相続してからというもの、
腰を落ち着ける暇もなくこきつかわれ続け、
自分が本当にこの家の息子なのだろうかと、
そう疑ってしまうほどの目まぐるしい日常を送っていた。

たとえば……

巨大な馬小屋を掃除するために、川の流れを変えて一気に……

……いや、これではなくて

つばくらめの持つ子安の貝を入手するため、絶海の孤島に……

……いや、これでもなくて

ま、ともかくこんな感じの無理難題を、彼は日常的にこなしていた。

……そんな肉体労働の果てに、生来の運動神経に加えて、
決勝戦まで進めるほどの筋肉を手に入れたというのも、
ある意味では皮肉な結果だったと言えるのかもしれないが。

とはいえ、生来のお人よしであるオーランドーは、
すぐにそんなことを忘れてしまっていた。

今、彼の頭の中を占めるものは、
いかに目の前の巨大岩石男を倒すか、それだけとなっていた。

一段高いところにある主賓席。
フレデリック公爵の隣には二人の美しい娘が座っている。

「これでは……」
隣でそうつぶやく小さな声がロザリンドの耳に届く。
従姉妹のシーリアもこの状況で同じ事を考えてたのだと気づく。

決勝戦のマットにいるのは、片や見たこともない細身の若者。
そしてもう一人がこの大会で6連覇中の巨大筋肉男。
過去の大会では『事故で』幾人かの死者も出ている最強のレスラー。

このままではこの若者が殺されてしまう………

「シーリアとロザリンド。ちょっといいかな?」
突然、フレデリック公爵が二人に話しかける。

「はい、お父さま」
「はい、伯父様」

「私は、優秀な若者の将来が、目の前で奪われるのを見たくない。
 しかし、このまま試合が始まれば、間違いなく彼は殺される。
 だから、お前たちで、あの若者に棄権するよう説得してはくれまいか?」

「はい!」

二人は異を唱えるはずもなく、すぐに若者のもとに行った。
その光景に、観客は何事が起きたのかとどよめく。

「お願いですから試合をおやめください」
「あの男は異常者です。
 人を殺すのに毛ほどの痛みもなく実行できるターミネーター。
 特にイケ面の挑戦者に対しては情け容赦なく」

そんな二人の説得の言葉をオーランドーは笑顔でさえぎる。

……そう、その姿は、
弓をかまえる金髪のアーチャー、某ブルームのようにりりしかった。

「いえ大丈夫ですよ。私が死んで迷惑をこうむる人間などいません。
 私が負けても、それは恵まれない1人の人間が恥をかくだけのこと。
 殺されたところで、死にたいと願うものが死ぬだけのことです。
 私が居なくなった分、その隙間を、
 世界はもっといいもので埋め合わせをするだけですから」

ロザリンドだけが、その言葉の奥に深い悲しみがあるのに気付く。

……この人は自分と同じようにつらい人生を送ってきたに違いない。
父を追放され、こうしてここで否応なく暮らしてきた自分にはそれがわかる。
ただ、自分には、優しく接してくれるシーリアという存在があったが、
この人はそれすらなく、孤独の中で全てに絶望している……

しかしそんな繊細さにあふれた彼女も、
今の自らの思いが急速に別な感情にかわっていくことを、
全く予想すらしていなかった……

試合のゴングが鳴る。

固唾を呑んで試合を見守る二人の思いとは裏腹に、
オーランドーの動きはかろやかだった。

生まれながらにいいかっこしぃの彼は、
二人の美女の応援をうけて、今までの5倍の速さ(当社比)で、
動き始めていたのだ。

そして奇跡は起きた。

素早く筋肉男の背後に回った彼は華麗にバックドロップを決める。
それは、ルー・テーズや天龍源一郎さえも目を見張るほどの切れ味だった。

レフェリーはカウントをとることさえしなかった。
岩石男は既に白目を見せて気絶していたからだ。
無言で若者の手が差し上げられ、
一瞬の沈黙のあと、会場は人々の歓喜の声に埋め尽くされる。

「君を雇いたい。ついては名前を教えてくれないか?」

フレデリック公爵の問い掛けに若者は答えた。

「オーランドーと申します。ロウランド・ドゥ・ボイズ卿の末の子です」
それを聞いて、フレデリック公爵の顔が苦虫を噛み潰したような表情になる。

オーランドーの父、ロウランド・ドゥ・ボイズ卿は数年前に亡くなっていた。
そして卿は、追放された前フレデリック公爵の忠実な腹心であった。

勇気ある若者に対するフレデリック公爵の好意は、
今はもう、すっかり不快の念に変わってしまっていた。

「そうか」
棒読みのセリフを返した後、フレデリック公爵は会場を出て行ってしまう。

「あの若者が誰か他の人の息子だったらよかったのに……」
そう独りごとを言いながら。

オーランドーは、
公爵が突然不機嫌になり退席したことにとまどっていた。
そこに二人がやってくる。

「おめでとうございます」
美人二人からにこやかに祝いの言葉をかけられた1秒後、
彼は公爵のことなど既に忘れていた。
そして舞い上がった彼は脈絡のない言葉を叫ぶ。

「おらぁ、スーパーサイア人になる!!!」

当然の如く、美女達にこのボケが通じることはなかった。

彼の元を二人が去ったあと、ロザリンドだけが引き返す。
そして自らの首にかかるネックレスをはずし、若者の首にかけた。

「あなたは私のためにこれをかけてください。
 私は幸せと縁がないようなのですが、
 もし幸せになったら、あなたにもっと立派な贈り物を
 差し上げるのですけど……」

「なにぼーっとしてるの? ロザリンド、あなた最近ヘンよ?」
「……そんなことないと……思うけど?」
「だって、今みたいにぼーっとしてるか、
 そうじゃなかったら、オーランドーのことばかり話してて……
 ……な〜んだそういうことか」

「?」

シーリアは、従姉妹が美しく若いレスラーを好きになったことに、
やっと気づいた。
そして当の本人がそのことをまるでわかってないことも。

「でもそんなに急に恋に落ちることなんてあるのかしら」
シーリアは心に生じた疑問を独り言のように口に出す。

「えっ? 誰のこと?」
と、あいかわらずボケまくりのロザリンド。

「んもう〜 あなたがオーランドーに恋してるって事」
「え〜っ? ないない、絶対ない。そんなのありえないから」
「まったく… 素直じゃないんだから」

「公爵は―私の父のことですけど―
 あの方のお父様をとても愛していましたわ。
 私もそれと同じで」

「そんなことが、
 その人の息子さんを愛すべきだってことになるのかしら?
 それなら、私はあの方を嫌うべきだってことになるわ。
 父はあの方のお父様を嫌っていましたから。
 でも私はオーランドーさま、嫌いじゃないし。
 ていうか、むしろ好きなタイプだし」

「えっ?!」
従姉妹の突然の告白に驚くロザリンド。
その表情の中にかすかに敵意が含まれているのをシーリアは見逃さない。

「大丈夫よ。ひとの彼氏とったりする趣味ないから」
その言葉になぜか安心した顔を見せる乙女が一人。

「あちゃあ〜 だいぶ重症だわ、この患者」
胸の中でそうつぶやくシーリアだった。

公爵は不機嫌の海に沈んでいた。
ロウランド・ドゥ・ボイズの息子を見て、追放された兄、前公爵が、
今もって世間では人気があることを思い出したからだ。

それに、姪のこともある。
人々は姪のことを褒めそやし、その父親のことで、
彼女のことを気の毒がっている人が多いことも噂に聞いていた。

やはり、ロザリンドをここに置いておくのはまずい。
公爵はそう心に決める。


シーリアとロザリンドが、ティールームで、
いつものようにオーランドーのことを話している。

と、そこに公爵がやってきた。
そして冷たい言葉で用件だけを告げた。

「ロザリンド。お前は明日の朝一番でこの宮殿から出て行くのだ。
 お前の父と同じように……追放だ。
 これは私の決定だ。反論は許さない」
 
「わかりました」

ロザリンドは固い顔のまま部屋を去る。
おそらく明日の為に荷造りを始めるのだろう。

そんな従順なロザリンドの姿を見て、シーリアは怒りを爆発させる。

「お父様! そんな無茶苦茶なこと!
 今すぐ取り消してください! ここで、すぐに」

「いや、ダメだ。それはできない」

「…あのころ私は、ロザリンドをおいてくれとはお願いしませんでした」

「私はまだ幼くて、あの人の良さが分からなかったんですもの。
 だけど今は、もうよく知ってますわ。
 それに、長いこと一緒に、寝て、起きて、勉強して、
 遊んで、食事をして……
 もうロザリンドなしでは、私、生きていけません!」

「あの女はもうお前の手におえる女じゃないんだよ。
 あたりはいいし、おとなしいし、辛抱強いから人々の受けがいい。
 みんなあいつに同情するのだ」

「あの女の弁護をするのは愚かなことだ。
 あの女がいなくなれば、お前はもっと光って立派に見えるよ。
 だから、あいつのために口を開かないでほしい。
 あの女を追放する命令は……取り消せないんだよ」

公爵が部屋から消えてすぐ、シーリアはロザリンドの部屋に行く。

「これからどうするの?」
「とりあえずお父様のいるアーデンの森に行こうかと」

「あたしも一緒に行くから」
「でも」
「ううん、もう決めたから。あなたがイヤって言っても行くから」

やはり親子。なんだかんだ言ってもよく似てる。
ロザリンドはそうは思ったが口には出さなかった。

「わかった」

相当の反論を予想していたシーリアは一瞬拍子抜けしたが、
すぐに体勢を整え直して次の話を始める。

「あなたのお父様のいらっしゃるアーデンの森は、
 とても遠いところだって聞いてる」
「えぇ、間違いなく」

「やっぱり娘二人が行くとなると、かなり危険だと思うの。
 だから……どっちかが男の姿になったほうがいいかなって」

二人は互いの姿を見比べる。
背が高いロザリンドが男役に向いてるのは明白だった。

「じゃ、ロザリンド。あなたが男。お兄さんね。
 で、あなたの名前は……そう、オスカル!
 オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ」
 
「……それ、著作権が絡むからネット上じゃまずくない?
 あと、フルネームで言うとき絶対に噛むと思うし……、
 とりあえず違うのにしません?」
 
「あ、あぁ、そうかもね。じゃ、軽く……ゲニミードってことで。
 私はエリーナでいいかな」

二人は兄と妹のフリをすることにし、道化を連れて旅に出る。

一部の宝石を城から持ち出して旅の資金とすることも、
計画的なシーリアは忘れることがなかった。

長い旅のあいだ、変わることのない友情を、
シーリアはロザリンドに示し続けた。

端から見ると、そんな二人はまさに、
素朴で陽気な兄ゲニミードと、おとなしい村の乙女エリーナ。
とても仲のよい兄妹にしか見えなかった。

長い道のりを超え、ようやく二人はアーデンの森に着く。
ところがいざ来てみれば、そこは宿どころか食料にもこと欠く辺境の地。
さすがの二人も弱音を吐きたくなる。

……だめよ! 男がこんなところで泣いては!
がんばるのよ、私。シーリアを元気付けなきゃ!

ロザリンドの目には、お約束のように星がキラキラ光っていた。

『なんじの妻を扱うこと弱き器の如くせよ』
これって、新約聖書「ペテロの第一の手紙」だよね。
感じはだいたいあってるんだけど、言い方古臭いし……

『男はタフじゃなきゃ生きていけない。
 でも優しくなけりゃ生きていく資格がない』

そう、そうなのよ! こっちのほうがピッタリかも!

べらんめぇおやじペテロより某都会派二枚目探偵の言葉を、
なんの迷いもなく優先したロザリンドであったが、
結局の所お嬢様、彼女の試みは見事に水泡に帰し、
二人して途方にくれてしまったのは、いたし方のない事だった。

そして物語は悲しい結末を迎える…… わけにはいかないので、
コンビニ帰りの羊飼いの青年がたまたま通りかかるという、
超ラッキーな展開が二人を待っていた。

羊飼いの家に転がり込み、ちょうど就職活動中だった彼を雇い、
二人は衣食住を充足させることが出来た。
ここをベースキャンプにして、前公爵の居所をじっくりと探すことに二人は決める。

ロザリンドは時折、愛しいオーランドーのことを思い出す。
そして、なぜか彼がすぐそばにいるような気がしていた。

……それが現実となることを知る由もなく

ロウランド・ドゥ・ボイズ卿は自らの死を迎えたとき、
長男であるオリヴァに、まだ幼い末っ子のオーランドーを託した。

しかしオリヴァは………DQNだった。
教育を受けさせることなく放置プレイ。
それでも気品と風格が父親譲りのオーランドーは、立派な青年へと育った。

弟が周囲にやたらウケまくるため、
レスリング大会に勝手にエントリーをしてみた。
なんたってチャンピオンは挑戦者の何人かを殺してるのだから。
これで完璧に……

「オーランドー様」
「なんだ、じぃ」
館に戻ってきたオーランドーを、幼い頃からそばにいた老人、アダムが出迎える。

「優勝おめでとうございます」
「なんだ、もう知ってるのか」
「はい。でも優勝してはいけませんでしたね」

「……かもな」

兄が自分を大会にエントリーしたと聞いたとき、
オーランドーは自らの孤独な人生を思い知った。
実の兄が自分を嫌い、死んでもかまわないとまで思っている……

決勝戦の前にロザリンド達が引きとめようとしたとき、
彼は既に死を決意していて、兄の望みどおりに死ぬ気だったのだが、
皮肉にも勝ってしまう。

「今夜、オーランドー様の寝所に火が放たれます」
「……兄上か?」
「はい」

「ここに私の貯めた500クラウンの金があります。
 これを持って逃げてください」
「でもこれはおまえの大事な」
「いえいえ。『カラスに餌を与えたお方』が、
 私の老後の慰めとなりますのでご心配なく」

アダムは「ヨブ記」の記述を引用して、
神とともに暮らせるのだから私には不要なのだと言いたかったのだが、
いかんせん、教育を受けてないオーランドーには伝わらない。

「そうだ、私をお連れしていただけませんか。
 まだまだ若い者には負けませんぞ、これでも」

こうして二人はお館から遁走する。

アーデンの森にたどりつき、二人はロザリンド達と同じ目にあう。
「じぃはもう歩けません。ここでご主人様とはお別れ」
「私が何か食べ物を探してくるからここで休んでいなさい。
 死ぬなんて言わないでくれ」

食べ物を求めてさまようオーランドーは運命に導かれ、
前公爵の住まいへと辿り着く。

折しも前公爵と友人たちは夕食を楽しもうとしていた。
かの立派な前公爵は草の上に座っていて、大木の深い葉影のほかには
天蓋すらなかった。

アーデンの森。
フランスとベルギーとにまたがるアルデンヌ(Ardennes)高原のこの森に、
従者とともにこの地に流れ着いてから、彼、前公爵の新しい生活は始まった。

だが、意外にもすぐに森での暮らしにも慣れて、
ここで送っている屈託のない気楽な生活が、
虚飾や華やかさに満ちた宮廷生活よりもずっと楽しくなってしまう。

彼らは英国でかつてロビンフットが暮らしていたように生活していた。
また、この森には、毎日貴公子が大勢宮廷から遊びに来て、
ギリシャ人が『黄金時代』と呼んだ時代は、
あるいはこんな生活だったのかもしれないと思えるぐらい、
心安らかな日々を送っていた。

夏になると、彼らは森の巨木がつくる快い日陰に寝そべって、
野生の鹿が楽しそうにとびはねているのを眺めていた。

いじらしいまだら毛の生き物、鹿はとてもかわいく見えた。
ただ食料にするためにそれを殺さなければいけないことを、彼らは悲しんだ。
冬の寒い風は、彼に、自分の身にふりかかった運命のいたずらを思わせた。
彼はぐっとこらえてこう言うのだった。

「私の体に吹きつけるこの冷たい風こそ、真実を告げているのだ。
 お世辞を言うことはなく、ただ私の立場を正しく示してくれる。
 手痛くかみつくけれど、その歯は薄情や忘恩ほど鋭くはない。
 人は逆境をとやかく云々するようだが、そこからけっこうな用途がくみ取れるのだ。
 薬用として珍重される貴重な玉が、毒があっていやがられる
 ひきがえるの頭からとれるようにね」

こんなふうに、忍耐強い彼は、見るものすべてに有益な教訓を学んできた。
そして、常に教訓を読みとってきたおかげで、
先に述べたことから人里離れた生活を余儀なくされた今でも、
木々に言葉を、流れる小川に書物を、石ころの中に神の教えを、
あらゆるものの中によきものを見いだすことができるようになったのだった。

相手が誰であるかを知らないオーランドーは、剣を抜く。
「その食い物をこっちによこせ!」

「……その無法は苦し紛れなのか?
 それとも作法を無視する乱暴者なのか」

「飢え死にしそうなのだ!」
「それならここに座って食べればいい」

オーランドーは刀を納め、無礼な態度を恥じ赤面する。
「この地が野蛮を流儀とする場所と誤解していました。
 私の無礼、お許しください。
 でも……あなた方は?」

「いちおう、それなりの身分が、確かに昔はありましたがね。
 まぁそんなことより、座って好きなだけ食べてくださいな」

「あの…老人が一人おりまして。
 彼は忠義一徹から、私についてきて、疲れた足を引きずってきましたので、
 老齢と空腹にまいってしまっています。
 彼が安心するまでは、一口も食べるわけには行きません」

「じゃ、その人もここに連れてきなさい。
 あなたが帰ってくるまで私達も待ってますから」

空腹の二人が食事を終えたところで、男はオーランドーにたずねる。
そして、目の前の若者がかつての部下の息子であることを知るに至った。

こうしてオーランドーは、アダムとともに前公爵のもとにとどまることとなった。

「参っちゃうな〜 これ。ほら、あっちにも、ここにも!」

ロザリンドの名前があちこちの木に彫られており、
そこに、ロザリンドへの愛を綴ったソネットが結ばれているのだった。
見るのも恥ずかしいぐらいの詩が森のそこら中にあふれていた。

ロザリンドとシーリアは、これはどうしたことだろうといぶかしんでいた。

そんなある日、2人はオーランドーに出会った。
彼の首にはロザリンドがあげた鎖がかかっている。

「なぁなぁ、これ見てくれよ。笑っちゃうよな。
 恋する男の仕業だと思うけど、んとに参っちゃうよこれには。
 そこら中の木に彫るもんだから若木駄目にしちゃうし。
 もしこの男を見つけたら、
 恋わずらいを治すいい忠告をしてやるんだがなあ」

そんな羊飼い言葉で話し掛けてきた男がまさかあのロザリンドだとは、
オーランドーは全く気付かずに、ただ赤面している。

「いや、これは、あの」
「?」
「ぼ、ぼくなんだ。これを書いたの」

「え〜〜〜〜〜〜っ!」
ゲニミードとエリーナの兄妹は大げさに驚く。

「で、その、あの、さっき言ってた『いい忠告』っていうのは?」
「あ? あぁ、あれか」
笑いをこらえながらロザリンドが返事をする。

「第一に毎日僕達の家に来ること。
 第二に僕をロザリンドだと思って告白する練習をすること。
 正直言って今のままだとダサすぎてやばいから、
 特訓が必要だと思うぞ」

「……わかりました。ご指導よろしくお願いします」
オーランドーは深々と頭を下げる。
目の前の二人が必死で笑いをこらえているのにも気付かずに。

毎日のようにオーランドーは二人の家を訪れ、
ゲニミードを恋人に見立て告白の練習を繰り返す。

オーランドーとしても心につのる思いを口にすることで嬉しくあったし、
ロザリンドはその言葉が全て自分に対するものだとわかっていて、
素敵な言葉に酔いしれ、毎日幸せな気分を満喫していた。

「もうちょっとこのまま秘密にしておくのもいいかも……」

一方のシーリアもそんな二人を見てて楽しんでいる。

「オーランドーから父の居場所も聞いてるんだけど、
 まぁ、もうちょっとしてからでもいいかな?」

……お茶目なのはお嬢様の特権なのかもしれない。

「公爵様。実は私も公爵様と同じ良家の出なんです」

前公爵の前にいるのは、どっからどう見ても羊飼いの男。
さすがに笑うしかなかった。

「ほんとうなのか? その話し?」
「はい」

シーリアに聞いてロザリンドは父に会いに来たのだが、
父は全く娘だと気付ていない。

それでもよかった。

「なんか元気そうだし。まいっか。涙の再会は2・3日あとでも」

羊飼い兄妹の家に行くためにオーランドーが森の中を歩いていると、
一人の男が倒れているのに行き会う。

「どうしたんだ。生きているのか?」
そう声を掛けながら近づく。

そばによって見ると、男の首には大蛇が巻きついていた。

オーランドーが近づくと大蛇はスルスルと戒めを解いて、藪へと逃げる。
するとかたわらに茶色の塊が見えた。
なんとそこにいたのはライオン!

どうやら二匹の獣が獲物をめぐってにらみ合いをしていたようだった。

(待て! ここはいったいどこの国なんだ?!
 シェークスピア君、ちょっとこっちに来なさい!  by裏方)

ライオンをけん制しながら男のそばに近づいてみると、
そこに倒れていたのは兄のオリヴァだった……

自分を毛嫌いし、はては二度も命さえ奪おうとした兄……

助けるのはよそう。
オーランドーが一度はそう思ったのも無理からぬことだった。
しかし彼はすぐにその思いを振り払う。

そう、オーランドーは徹頭徹尾『いい人』だったのだ。

「うぅ…」
オリヴァが意識を取り戻し始めたのをきっかけに、
ライオンは勢い良く二人に襲い掛かる!

しかし既に剣を抜いていたオリヴァはその一撃を食い止める。
幾度かの攻防の中、ついにはライオンを両断した。
しかしオリヴァは片腕に傷を負ってしまう。

「なんということだ。
 あれほどこいつに対して冷たい仕打ちを繰り返した私を、
 命をかけて助けようとし、さらには傷まで受けて……」

DQNが悔い改めた一瞬であった。

「すまない! オレは……オレは……おまえのことを」
「いいよ。わかってくれれば。
 ぼく、兄さんのこと、好きだし」

そう言うオーランドーの口元にはキラリと笑顔がこぼれる。

「オーランドー!」
「兄さん!」
はっし!

「痛っ」
オーランドーの腕からは先ほどよりもひどく出血していた。

「これじゃ身動きできない。
 兄さん。悪いけど、ゲニミードのところへ行って、
 事情を説明してくれないかな」

そこでオリヴァはゲニミードの家を訪ね、ゲニミードとエリーナに、
オーランドーが命を救ってくれた次第を話した。
オーランドーの勇敢さと、自分が運良く難を免れた事情を語り終わると、
自分こそオーランドーを虐待した兄であると告白し、
兄弟の仲直りの話をした。

オリヴァが自分の犯した罪を深く後悔しているのを見て、
優しい心を持つエリーナは感銘を受ける。

「うあっ! なんか、この人、いいかも」

一方オリヴァも、自分の苦悩を聞いてエリーナが深く同情してくれるのを見て、
たちまちエリーナを愛するようになった。

こうして二人は一目で恋に落ちたのだった……

しかし、オーランドーが戦いの中で傷を負い出血していると聞いて、
ロザリンドは無言のまま気を失う。

オリヴァはずいぶん長いこと2人のところにいたから、
やっと弟の元に帰ってきたときには話すことがたくさんあった。

(大出血してるオーランドーのことずいぶん放置しててそれだけか?!  by裏方)

オーランドーが負傷したと聞いてゲニミードが気を失ったことはもちろん、
美しい羊飼いの娘エリーナを好きになってしまったこと、
初めてあったばかりなのにエリーナが彼の告白に
好意を持って耳を傾けたことなど、話は延々と続く。

「オーランドー。オレはエリーナと結婚して羊飼いとしてここで暮らすよ。
 お前が家を継いでくれ。頼むわ」

「わかりました、兄さん。では明日結婚式にしましょうか。
 そのまえに、ちゃんとプロポーズしないと」
「あ、そうだったな。じゃちょっと」

入れ違いにオーランドーのもとにはロザリンドがやってくる。

「もう、大丈夫なのか?」
「あぁ、なんとか。
 そうだ、僕の兄貴が妹さんと結婚したいって言ってるんで。
 許してもらえますかね」

「もちろんだ」
「よかった……」
「喜んでる割には浮かない顔だな」

「いやぁ、自分も同じ日にロザリンドと結婚できたら、
 どれだけうれしいだろうなあ……ってそう思って」

「それ、本当に本気?」
「?」
「だから結婚したい、っていうの」
「うん、まじ。2540%ぐらいマジ」

「…その微妙な端数がなんなのか知りたい所だが、気持ちは十分にわかった。
 明日になればロザリンドが君の前に現れ、
 二人は無事に結婚することができるだろう。俺がうけあう」

「いや、それは」
「大丈夫だ。魔術が、オレちょっと使えるんだよ。
 その魔法は有名な魔術師だったおじに習ったんで、もうばっちり!」

半信半疑で聞きながらも、恋に落ちてるオーランドーはその言葉を信用した。

「ですから、晴れ着を着て、公爵とその友人たちに結婚式に来てもらいなさい。
 もし明日ロザリンドと結婚したいなら、オレが彼女に来させますから」

次の日の朝、一同が二組の結婚式を祝おうと集まってきた。
だが花嫁がまだ1人しかいなかったので、不思議に思いいろんな推測が飛び交い、
大方ゲニミードがオーランドーをからかっているんだろうという結論になっていた。

「その、なんだ。私の娘は不思議な方法で連れてこられると、
 そういう予定だというのだね?」

オーランドーが答えに窮していると、ゲニミードが入ってきた。

「え〜 もし私がお嬢さんを連れて来たなら、
 オーランドーとの結婚、お許しになりますか?」
「承諾するよ。たとえ王国を娘に委譲することになったとしてもね」

「じゃ、あなたは?」
オーランドーに話が振られた。

「ぼく? ぼくはもちろん結婚するよ。当たり前じゃないか。
 たとえぼくが多くの王国を治める王だったとしてもね」

その返事を聞いて、ゲニミードとエリーナは連れだって出ていった。
持っていたそれぞれの服に着替えるだけで、
魔法を使うまでもなく二人はロザリンドとシーリアに変身する。

「どうも私にはゲニミードがロザリンドに似ているように見えるんだが」
「ぼくも、なんか、そう思ってるんですけどね」

そこに二人の美女が現れ、ロザリンドがこれまでのいきさつを話す。

自分が追放となった話し、
森の中で自分は羊飼いの少年、いとこのシーリアはその妹として
住んでいたこと……

「そうか。いろいろとあったようだな。
 あらためておまえに結婚の許可を与えよう」

こうしてW結婚式が厳正に行われることとなった。

結婚の誓いも終わって一同がいい感じに涼しい木陰で鹿肉を食べていると、
そこに予期せぬ使者が到着した。

それは、公国が公爵に返還されたというものだった。

娘シーリアが家出したことに激怒し、
また日ごとに立派な人々が、追放の身である正統な公爵の元へはせ参じようと、
アーデンの森に向かうと聞いて、
兄が逆境にあっても尊敬されているのをねたむあまり、
大軍の先頭に立って、森めざして軍を進めた。
兄を捕らえ、忠実な従者たちを刃にかけようと企てたのだ。

ところが、彼が森の外れにさしかかったとき、1人の老僧に出会い、
語り合ううちに、彼は心から悔い改めたのだった。
不正に手にいれた領地を放棄して、余生を修道院で送ろうと、
そう決心し、兄に使者を派遣してきたのだった。

皆はこれを聞き、喜び、激しく杯をくみかわす。

公国の後継者はシーリアではなくロザリンドとなったわけだが、
この従姉妹らにとってそんなことは全然意味がなく、
一点のねたみも羨望もない厚い友情だけが、
あいかわらずそこに存在していた。

公爵はつらい時期にそばにいてくれた真の友人と誠の従者達と共に、
正当なる公爵として城にもどる日を迎えた。

The End