The Merchant of Venice  〜ヴェニスの商人〜

貿易港として繁栄を誇るヴェニスの街に、一人のユダヤ人が住んでいた。
名をシャイロックと言い、貸した金の取り立て方が激しいため、
多くの善良な人々から冷酷な金貸しとして嫌われていた。

その一方でこの街にはアントニオという名の商人がいた。
困っている人によくお金を貸していて、
そのお金に決して利息をつけなかったりしていたため、
アントニオとシャイロックは犬猿の仲だった。

今日は、結婚相手のために見栄を張りたい友人バサーニオが、
アントニオのもとに金の無心に来ている。
お金持ちの未亡人に入れあげて右も左も見えてない状態ではあっても、
アントニオの大事な友人であることに変わりは無かった。

「まずいな〜 ちょうど船が出て行ったばかりで、どれもみんな海の上だ。
 手元に金がない。さて、どうしようか」

困ったアントニオはバサーニオを連れて、シャイロックの店に訪れる。
法外な利子を吹きかけられても、船さえ戻ってくれば、
のしをつけて返せるのだから一向に構わないと考えたうえでのことだった。

「これはこれは。アントニオさんじゃありませんか。
 金を? 私に? またまたご冗談を。
 だって、この前もあなたは私のことを『犬』とののしって、
 つばを吐きかけようとしたじゃないですか。
 犬が金なんか持ってるわけないでしょ?」

「それとも、前言を全て撤回して頭を下げるとか?」
「いや、その気はない」
「じゃぁ」
「四の五の言わないで、金を貸せばいいんだ。お前は金貸しだろ?
 利息はお前の好きにつければいい、俺はそれでかまわないから」

「いいでしょう。お金はお貸しします。ただし無利息です」
「……どうしてだ?」
「いえ、私はあなたと友人になりたい。
 仲直りしませんか? そうすれば金額のほうもお好きなだけ」

「ほう」
「ただ、そうですね。洒落として、万が一返済できないときは、
 アントニオさんの体から、私の希望する部位の肉一ポンドを頂く、
 なんてのはどうでしょうか?」

「あ、当然書面として公証人に出していただく、という条件で」

「ア、アントニオ。やっぱやめよう。いいよ俺のことは。
 あきらめるよ、彼女のことは」
シャイロックの出した条件にがたがた震えるバサーニオ。

「大丈夫だって、心配無用だ。あくまで洒落だし。
 船が戻ってくれば全然問題ないよ」
アントニオはあっというまに書類にサインをした。

バサーニオはベルモントのポーシャの元へと向かった。

彼の訪問の目的を聞いたポーシャは、
悲しい顔をして、彼女の父親の残した遺言について話し始める。

ポーシャの父親は金、銀、鉛の3個の小箱から、
正しい箱を選んだ者と結婚するよう遺言を残していた。

「ウワ〜ッ! きゃ〜っ」
「だめーっ! やめて〜」

バサーニオはポーシャの巧妙なヒントによって正しい箱を選択する。

そして無事に難問をクリアした彼は、ポーシャに全てを告白する。

まず、自分が無一文であり、
単に高貴な生まれと血を持っているに過ぎないこと。
そしてポーシャを一生大事にしたいので結婚して欲しいこと。

驚くべきことに、バサーニオの求婚に対し、
ポーシャはそれを受け入れた。

「今から私の財産はすべてあなたのものです。
 そしてこの指輪と私と。大事にして……いただけますか?」
「はい。心から誓います。あなたを一生大切にします」

見れば、バサーニオの従者グレイシアーノとポーシャの侍女ネリッサが、
二人のそばにかしづいていた。

「おめでとうございます旦那様、ポーシャ様。
 ついでと言ってはなんですが、私の結婚も許可していただきたいのですが」

「いいとも。で、相手は?」
「そこに」
グレイシアーノはすぐそばのネリッサを指差す。

「ネリッサ? 彼のいうこと、ほんとうなの?」
「はい、奥様、本当です。奥様が許して頂ければの話ですが」
ポーシャは笑顔で許しを出した。

「では、私達の婚礼の宴はおまえたちの結婚で、
 さらに素晴らしいものになるな、グレイシアーノ」
バサーニオのその言葉に、一同が笑みを浮かべる。

そのときだった。バサーニオあての一通の手紙が舞い込んできたのは。

バサーニオは手紙を読み始める。
その顔は見る間に青くなり、悲痛な色さえ浮かんでいた。

「わたしはあなたに全て告白したときに無一文だと申し上げました。
 しかしあなたに会うために借金までしていたことを言うべきでした」

バサーニオは手紙の内容を3人に伝えた。


    -------------------------------------------------
    愛するバサーニオよ。私の船はすべて難破した。
    ユダヤ人と交わした契約のとおり、担保は没収されるのだ。
    死ぬ前に君と会いたかったがそれも不可能なようだ。
    君の思いが私ほどでもなかったのなら、
    この手紙があったことすら忘れてもらってもかまわない
    -------------------------------------------------


「バサーニオ様! 今すぐこの金貨を持ってお戻りください。
 あなたの大事なお友達が髪の毛一本も失わないうちに、
 借金を返すために」

「あと、いろいろと必要になるかもしれませんので、
 今、ここで結婚をしてしまいましょう。
 私のお金に関する権利をあなたに差し上げといたほうが、
 なにかといいでしょうから」

バサーニオがヴェニスに戻ると、アントニオは牢の中にいた。

支払いの期日はとうに過ぎていて、なおかつ、
シャイロックはバサーニオのお金をどうしても受け取ろうとせず、
肉1ポンドを受け取りたいと強硬に主張するばかりだった。

裁判の日が決まった。
バサーニオは生きた心地も無くその日を待つことしか出来なかった。


一方のポーシャは夫を送り出したあと、
結婚した際の宣言を守る形でバサーニオの指示をずっと待っていた。
しかし夫からは状況を告げる手紙が来るのみで、なんの指示も無い。

「なにかしなくちゃ! このままだとお友達が殺されちゃうわ。
 夫に従うって、そう言っちゃったけど……今度だけは例外ね。
 しょうがないわよね。そうなのよ。緊急のことだし」

まずは親戚の法律関係者でツテをたどる。
たどりついた法律顧問に今回の件の法的な問題点を洗い出させ、
ついでに法律顧問の服を調達してもらう。

「準備は万端。さぁ、行くわよ! ネリッサ!」
「はい! 奥様」
意外にすぐそばでネリッサの声がして、ポーシャは驚く。

「あと、どうでもいいけど、あなた、そのカバンは何?」
「はい。そう来るだろうと思って、とっくに旅行の準備してましたから」

「フフ。じゃ、この服を着て……」
十分後。
二人はどこからどう見ても法律顧問とその書記にしか見えなかった。

「完璧ね」
「はい」
「じゃ…… Venice へ GO!」
「Yeah!」

「ヴェニスの法律によれば、あなたには担保を取り立てる権利がある。
 これは間違いのないことです」
法律顧問に成りすましたポーシャは、裁判の席で、
シャイロックの権利に関し法律的な見解を述べる。

同時に、『慈悲』という高い徳に関しても話をする。
しかしシャイロックは1ポンドの肉に固執したまま譲らない。

「アントニオはその金を払えないのか?」
その言葉を聞き、バサーニオは倍でもかまわないと言う。

しかしシャイロックは担保の接収を主張する。

「アントニオの命を助けるために、
 法律を少し曲げる努力をしてもらえませんか?」
「いや、それは出来ない。
 ひとたび決まった法律は決して変えてはいけないのだ」

バサーニオの悲痛な叫びに、ポーシャは法律顧問としてクールに答える。

「これはこれは。ダニエル様がお見えになって、
 正当な裁きをしようとされているのですね。ありがたいことです」
シャイロックは思わぬ援護射撃に、
ギリシャ旧約聖書の名法官まで引き合いに出してホクホク顔だった。

「ちょっと証文を見せてくれるかな?」
法律顧問の要請にシャイロックはためらうことなくそれを差し出す。

「この証文により、間違いなくこれなるユダヤ人は、
 合法的にアントニオの心臓の直ぐ近くの肉を1ポンド、
 切り取ることが可能だ」

「だが、慈悲を垂れることは可能だ。
 そこの金を取って、この証文を私に破らせてもらえないだろうか?」

「どんな人の言葉であろうと、私の決心はかわりません」

「そういうことなら…… アントニオよ。
 そなたは胸をナイフで切られなければならない」

その言葉の向こうで、シャイロックは一心不乱にナイフを研いでいる。

「なにか、言い残したいことはあるかな?」
法律顧問の言葉にアントニオが答える。

「もう覚悟は出来ていますのでそれは別に。
 ただ、バサーニオに少しだけ」

「バサーニオ! 僕は君の事をとても大事に思っていた。
 今回の不幸な事件は悲しまなくてもいいんだ。
 そして君の素敵な奥さんにも……
 そう、僕が君の事を大切に思ってたことは伝えてくれるとうれしいな」

「アントニオ。僕は妻と結婚し、妻は命と同じぐらい大切だ。
 でも、僕の命、妻の命、そして全世界をすべてあわせたよりも、
 君の命はもっと尊い!
 君を救うためなら、ここにいる悪魔に全てを捧げてもかまわない!」

……なんてこと言うの?
ポーシャは胸の中でつぶやく。

この場の強調表現だというのはわかるけど、
わたしだから怒らないのよ。わかってる?
しかし彼女もチクリと棘を刺すのは忘れない。

「その、お言葉は奥様の前では言わないほうがよろしいかと」

従者のグレイシアーノも、主人を真似て、得意になって、
書記に化けたネリッサの前で同じようなことを言う。

「それを奥様の前で言ったら。
 余計ないざこざが起きるような気がしますけどね〜」
こちらも少しご機嫌が斜めになっている。

シャイロックがいらいらして声をあげる。
「我々は時間を無駄にしております。どうぞ判決文を」

「シャイロック。肉を計るための秤はあるのか?」
「はい、ここに」
「彼が血を流して死なないように、外科医を用意する気はないのか?」
「それは証文には書かれておりません」

「それぐらいの慈悲はいいだろうに」
「契約に含まれておりません」

「では。アントニオの肉1ポンドはおまえのものだ。
 法律が許し、法廷がこれをお前に与える」

「やはりダニエル様だ。ありがたやありがたや」
再びナイフを研ぎ始めたシャイロックはアントニオにこう告げる。

「さぁ、準備をしてもらおうか、アントニオの旦那?」

「ちょっと待つんだ、ユダヤ人よ。
 言っておかねばならぬことがある」
「???」

「証文にはこう書いてある。『肉1ポンド』と。
 もし肉を切り取る際に一滴でも血を流したら、
 お前の土地や財産は、Venice の法律によりすべて没収する」

若い法律顧問の賢明なるこの言葉に、
元老院のありとあらゆる場所から賛辞の言葉がとびかう。

「おお、賢きダニエル様。さすがの裁きだ」
シャイロックのおかぶを奪ってグレイシアーノが叫ぶ。

「では、あの、お金のほうで、わたしは」
「いや、それはダメだ。肉を1ポンド、切り取るのだ。
 血を一滴も流さずにな。
 そして、肉の量は1ポンドきっかり。
 はかりが髪の毛一本ほど揺れたなら、お前の全財産は元老院に没収され、
 お前は死刑になるだろう。
 さぁ、準備を始めなさい、シャイロックよ」

「もう、お金をもらって、帰らせてください!」
思わぬなりゆきに、シャイロックは悲痛な叫び声をあげる。

「ほら、金ならここにある」
KY気味のバサーニオが口を出すが、法律顧問はそれを押しとどめる。

「今回の件は、
 善良な Venice 市民の命を陰謀により奪おうとしたものなので、
 お前の財産は国により没収される。
 そしてお前の命に関しては元首のお気持ちひとつによるのだ。
 ひざまづいて命乞いをしなさい。
 キリスト教徒はおまえたち異教徒と違い心が広いのだ」

元首が口を開いた。

「お前が命乞いをする前に、私はお前の命を助ける。
 ただし、財産の半分はアントニオに、
 そして残りの半分は国家のものとする」

アントニオは言う。
「もし、シャイロックが死ぬときに財産を娘とその夫に譲ると、
 そう証文に書いたなら、私は私の取り分を放棄いたします」

実は、シャイロックの娘は異教徒であるキリスト教徒の男と結婚し、
父親から勘当されていたのを、アントニオは知っていたのだった。

「しかと署名をするなら、もう帰ってもいいぞ。
 ただし、キリスト教徒となり、これまでの事を悔い改めるなら、
 元首としての権限で、国による財産の没収も免除してやるぞ?」

シャイロックはそれに答えることなく帰っていった。

アントニオは無罪放免となり、法廷は解散した。

「なんと言ったらいいのか。あなたにはお礼の言いようもありません」
バサーニオは法律顧問に変装した妻に頭を下げっぱなしだった。

「あのユダヤ人に渡すはずだった3000ドュカート。
 受け取ってもらえませんか?」
「いえ、結構です」
「でもそれでは…」

「じゃ、手袋いただけますか」
「は?」
「ですから、手袋」
わけがわからないままバサーニオは手袋をはずす。

「あと、その指輪も。記念に」
ポーシャの狙いは最初からその指輪だった。

「こ、これは」

「これだけはダメなんです。
 Venice 中の宝石屋から一番高級なのを選びますので、
 これだけは勘弁してください」

「なるほどね」
法律顧問はすこし憤慨した様子をみせた。
「乞食の気分が少しわかりましたよ、あなたのおかげで」

「なにをしてるんだ、バサーニオ!
 指輪をさっさと差し上げるんだ。命の恩人なんだぞ。
 たとえ君の奥さんの機嫌が少し悪くなっても、この際しょうがないだろ」
アントニオが声を荒げた。

恩知らずと思われたくなくて、バサーニオはしぶしぶ指輪を差し出す。

そして片隅では同じように、
グレイシアーノがネリッサ扮する書記に指輪を巻き上げられていた。

「さて、どんなふうにいじめましょうか?」
館へ戻る途中、女性二人は手順についての検討会を始めていた。

「誰にやったの? あの大事な指輪を」
「そう、まずそれからね」
「で、次は……」

「まさか……ここで息を止めて……女の人じゃ……」

「うまいうまい! それ、採用!」

家に戻り、二人は着替えそれぞれの夫を待つ。
ほどなく夫達はアントニオと共に戻って来た。

しばし、喜びをかわす人の輪が作られる。
しかしいつのまにか、ネリッサとグレイシアーノが喧嘩を始めていた。

「どうしたの、いったい」
ポーシャは知らん振りをしてグレイシアーノに問いかける。

「奥様、たいしたことのない指輪のことなんです」
「どこがたいしたことないのよ!
 私があげたとき、あなたはそれを一生離さないって、
 そう誓ったよね?
 それなのに、そんな大事なものを書記に渡したなんて、
 ほんとは……ほんとは女にやったんじゃないの?!」
ネリッサの迫真の演技にポーシャすら騙されそうになった。

当然の如くグレイシアーノは真っ青になっている。

「あなたがいけないのよ、グレイシアーノ。
 奥さんの最初の贈り物を手放すなんて、サイテーよ。
 バサーニオは絶対そんなことしないから。
 ねぇ、あなた?」

「いえ、あの」
グレイシアーノは言い訳を口にする。
「バサーニオ様が法律顧問の方に指輪をあげることになったので、
 わたしも書記の方にと、ま、そういう流れで」
途中でやぶへびだったことに気付き、口が止まる。

「そういうことですか…
 二人揃って、どこかのわけのわからない女に、
 大事な指輪をくれてやったと、そういうことなんですね」

怒れるポーシャを前にして部屋が絶対零度を超えて凍りつく。

責任を感じたアントニオが口を開く。
「私が喧嘩の原因なんですね」

「いえ、そんなことは」
「ですが、あの法律顧問の方がいなければ、私は死んでいました。
 魂にかけて保障いたします。
 あなたのご主人はもう二度とあなたの約束を破ることはありません」

「……わかりました。
 では、あなたが保証人になってください。
 この指輪を最初のものよりもっと大切にするようにと言ってください」

指輪を受け取ったバサーニオはその指輪が法律顧問に渡したものだと気付く。

「と、いうことは?」

初めてポーシャはネタばらしをした。
指輪を渡してしまったことに対する女性陣の追及は厳しかったが、
それはそれ。

それよりも、彼女達が法律顧問と書記に化けて活躍したことで、
こうしてアントニオの命が助かったという事実。
それだけは間違いの無い事だった。

ポーシャは改めて正式にアントニオを歓迎した。
そして一通の手紙を差し出す。
ちょっとした加減で彼女の手元に届いた一通の手紙を。

失われたと思われたアントニオの船団が無事に港に着いたと、
そう書かれた手紙を。

場が一気に明るくなった。
二人揃って妻の姿を見分けられた無かったことさえ、
今となってはみなの笑い話。

調子に乗ったグレイシアーノがざれ歌をひねり出す。

生きてる限りはずっと      多分しんどいだろうけど
ネリッサの指輪を持ち続けよう  つらいんだろうな〜きっと

The End