ショコラな気分                 (2)

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とりあえず、彼女のことを忘れて、食べることに専念する。
緊張感を解いてやる必要もあるだろう。そう思って。

俺がスパゲティを食べ終わる頃、彼女は話し始めた。

「あの」
「?」
「タカシさん、って呼んでいいですか?」
「ああ、それでいいよ。みんなそう呼んでるから」

「タカシさん‥‥ 彼女‥ いるんですか?」

「いや。いないよ。全然もてたこともないし。
 でも、どうして?」

なんか怖いような間。

「じゃ‥ 彼女にしてもらえます? わたし」

ぐわーん。
ちょっと待て。
冗談? しかしタチが悪いな、最近の高校生は。

「あのさ〜」
「あ、冗談じゃありません、本気です。
 本気でタカシさんのこと、好きになっちゃったんです」

体勢を立て直す。

「え〜っと‥ でもさ、君と俺が会ったのは、
 たまたま店に出てたあの日だけだよね。
 それ以外、なんの繋がりもなかったはずだし‥」

「男と女の出会いって、一度で十分だと思いますけど」
「まぁ、それはそうだけど‥‥」


「ショコラが」
テーブルを見つめたまま、彼女が小さな声で再び話し出す。

「ショコラがおいしくなかったんです」
「?」

「最初の日、家で食べたショコラとてもおいしくて。
 でも次の日食べたら、前の日あんなにおいしかったのが、
 全然おいしくなくて」

この話、どこでさっきの発言に繋がるんだろう?
とりあえずそのまま話を聞く。

「すごく不思議で。それで私、考えたんです。
 しばらくして結論が出ました。
 二日目にはタカシさんはお店にいなかった。
 ショコラがおいしかったんじゃなくて、
 私はタカシさんが好きなんだと」

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論理に飛躍がある。
発生した事象と彼女の考える原因との間に、
明らかに日本海溝ほどの深さの隔たりがある。

「いや、それって、1日目だけ何か特別だったんじゃない?
 そうだ。君の体調がよかったとか、お腹がすいてたとか。
 あるいは、まちがって俺のショコラが、
 その日だけ滅茶苦茶イイ出来だったとか?」

「え? これ、タカシさんのオリジナルなんですか?」
持っていた箱を開ける。
中に入ってるのはショコラだった。
「ああ、そうだけど」

「じゃ、決定ですね」
いや、そんな簡単に。

「え〜!? もう間違いないじゃないですか。誰から見ても。
 すごく明白な事実、でしょ?」
「どこが?」
「んもう、タカシさんって‥‥ 結構強情なんですねぇ〜」
ちがう! 君が強引なんだ!

「わかりました、ここで食べてみれば分りますね」

なんか違う! と、俺の心の奥で叫ぶものがあった。
しかし、明確にその理由が言えないほど、俺は混乱していた。
もういい。なんでもやってくれ。気の済むまで。

「マスター。お皿とフォーク貸してくれない?
 ちょっと試食テストしてもらいたいんで、悪い」

綺麗なドイツ製の絵皿にショコラが移される。
目の前で、フォークによって一口大に切られたその一片が、
彼女の口におさまる。

うつむき加減で食べていた彼女が顔を上げる。
満面の笑み。
飲み込んだところで、

「やっぱりおいしい。私の思ったとおりです!」

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結局押し切られてしまった。

あるいはちょっとした気まぐれかもしれない。
時がたてばさめて行くような。そんな。
それまでの間、彼氏になるのもいいか。
待てよ。お互い名前も知らないじゃないか。

「言うの忘れてた。俺、早川孝志、26歳。ケーキ職人見習」
「ほんとだ、私も。え〜っ、私は木下友香です。高校2年です」

ずいぶん離れてる。でも年齢がこれだけ違うことで、
かえって気楽に考えることが出来た。


次の日、俺が帰るとき、彼女は待っていた。
二人して喫茶店に行き、たわいもない話をして。
そして、店の前で別れた。
手を振る彼女が‥‥ とてつもなく可愛く思えた。

次の日も。

でも、その次の日、彼女はいつものところにいなかった。
しばらくその辺をあるいてみたが見つからない。
「ブラン」にも。

早いな。これほど急に冷めるものか?
あまり気にしないことにした。ハナからそのつもりだったし。

「あれ? 彼女は?」
「俺、振られたみたい」
「ふ〜ん。あまりにも早すぎるな〜
 もしかして‥‥ 襲っちゃったとか?」
「マスター!」
「冗談ですよ。それにタカシちゃん、そんなタイプじゃないし」
じゃ、俺ってどんなタイプなんだ?
つっこみたかったけど、そんな気分じゃなかった。
文字通り『振られた』のは確かだったし。
いちおう落ち込んでいた。情けないことに。

その次の日も。
未練たらしく彼女の姿を探す自分がいた。
おいおい。思わず一人で苦笑い。
マスターも、もう話題を振る事はしない。
なぜか微妙に人の気持ちを読める人だった、前から。

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裏口から出ると、雪がちらついていた。
まだ12月の中旬だというのに、珍しいことがあるもんだ。
降りかたからすると、積もるのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いて‥‥

彼女がいた。
そばに行くと、こちらを見上げる。
ぎごちなく微笑む。

なんか‥ 震えてる?
様子がおかしい。
思いついて、とっさにおでこに手を当てた。
俺の突然の行動に、彼女はビクッと体をこわばらせた。
思ったとおり、すごい熱だ。

「いつから?」
「?」
「熱だよ、かなりあるぞ」
「たいしたことないんです」
「いつからなんだ!」
「‥‥二日前から。でも、もう大丈夫です」

「全然大丈夫じゃない! 家まで送っていく」
「一人で帰れます」
「そうはいかない。送ってく」

店から5分ほど歩いたとこに、マンションがあった。
玄関のロック解除を自分でして、
「はい、ここでもう‥」
そう言った瞬間、崩れ落ちそうになる。
あわてて支えた。

ものすごく、軽かった。
俺の腕の中にいる彼女は、羽根のように。
そして柔らかで。

なんとか足を踏ん張って立ち上がる彼女。
「もう‥‥ 大丈夫です」
大嘘つきだ。全然大丈夫じゃない。

決めた。
「部屋まで送っていくよ。断られても送っていく。いいね」
おれのきつい言い方に、彼女はうなずいた。
エレベーターに乗ってる間も、
彼女の足は体を支えるのに必死だった。

ポケットから部屋の鍵を出し、自分で開けてる。
「え? 誰もいないのか?」
「今週いっぱい母は出張で」
「お父さんは?」
「小さい頃に亡くなってます」
「‥‥他には?」
「母と二人だけです」

って、今の状態の彼女をフォローする人がいない!
「親戚とかは」
「いないんです」
ナッシング。ノーバディ? だっけか?
ダイニングを通って彼女の部屋に連れて行く。

いかにもな女の子の部屋。
可愛いカーテンと壁紙、いろんなアイテム。
さすがに見とれてる暇はなかった。
ベッドにすわらせ、バスルームのタオルとって来て、
ぬれた髪を拭くように指示した。

その間に救急箱をとってきて、熱を計ったら39度!
すげぇ。放っておくわけにはいかないよ、これじゃ。

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とりあえず熱を冷ますヤツをおでこに貼って、解熱剤を飲ませた。
そばにあったパジャマを渡す。

「俺が出て行ったら、着替えて寝ろ」
「!?」
「心配するな。まだ帰らないよ。
 っていうか放っておいて帰れるわけないだろ?
 ダイニングにいるよ。一時間ぐらいしたら、また熱を計るから。
 それまで寝てろ」

安心した表情をとりもどす。
「ハイ」

ダイニングの椅子にすわって、考えた。
熱が上がるようなら、救急病院に連れていくしかないだろ。
おそらく。
電話のそばにあったガイドブックで、
近くの救急病院を探し、メモした。

とりあえず出来ることは‥‥
なんか温かいもんを食べさせるか。
台所に行って、冷蔵庫チェック。この際だから遠慮はしない。

やたらと洋物の食品の多い家だ。
結構値段の高いスーパーでよく見るものがやたらと。

レトルトのミネストローネスープ発見。
これがいいだろ。
こいつはかなりおいしいやつだ。「ブラン」でもたまに使ってる。
あの熱じゃ、ろくにご飯も食べてないだろうから、栄養補給もかねて。


ちょうど一時間経っていた。
スープを持って彼女の部屋に行く。

「どう?」
「だいぶ」
そう言いながら起きようとしたのを押しとどめる。
「はい、体温計」

「で、ミネストローネ。ごめん、勝手に冷蔵庫あさった」
「とんでもない。こんなにして頂いて」
「どうせ飯、ろくに食ってなかったんだろ?」
うなずく。

「食え」
「ハイ!」

ピピ。音がした。
渡された体温計は37度8分。
よかった。とりあえず薬が効いてる。

足元の服に気づいた。制服だ。拾い上げる。
「あ、それ」
「いい。病人は気兼ねしちゃいけない」
ハンガーにかけた。

「どうせ、2・3日学校へは行けないよ。
 おふくろさんが帰ってきたら、アイロンかけてもらえばいいさ」
「ハイ」

「じゃ、俺、帰るわ。心配だから、また明日来るよ
 いい? それで」
「いいんですか?」
「また熱が上がったらヤバイし‥
 そうだ、ケータイの番号教えておくわ、そっちの番号教えて。
 あと、メアドも」
聞いたとおりにかける。部屋の何処からか着信音がした。
メールもやっておく。
「OK。なんか具合悪くなったらかけていいよ。
 そうだ。メールで状況教えて欲しいな。気になるから」
「‥‥‥」

突然うつむいて黙り込む彼女。
肩が震えてる?
ゆっくりとこちらを見上げる。
その目には大粒の涙が浮かんでた。
ミネストローネスープのカップを手に持ったまま。
ぐしゃぐしゃの顔で、大きな声を上げて、泣き始める。
なんかガキみたいに、恥も外聞もなく。
鼻水もたらして。

え〜い。いったい、何なんだ? これは!
どうすりゃいいんだ。

「なんか‥ まずい事言った? 俺?」
そばのティッシュの箱を差し出しながら聞く。
かわりにカップを受け取る。
「いえ。ごめんなさい。うれしくて、つい」
思いっきり、チーンと鼻をかんでる。

その言葉で、とりあえず、ほっとした。
喜んでくれてたと分って。
しかし女って複雑な反応をする生き物だ。
読みきれない。俺の女性経験じゃ全然足りない。

そのあと、彼女を寝かせてからマンションを出た。
ほっとした気持ちで俺は家に戻った。

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