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「ねぇねぇ」
「え?」
「ほら! 今来た人。 ……でしょ?」

私たちの控え室は玄関のすぐ横。
玄関との間にガラスが一枚あって、入ってきたお客さんの姿がわかる。
でも当然だけど、それは向こうからは見えないマジックミラー。

おどおどしてる人、きょろきょろあたりを見回している人。
慣れてることを見せつけるように平然としてる人。
なぜだか男性従業員を見下すように態度が大きい人。
いろいろな人がいる。

はじめの頃は面白くて、来る人をずっと見ていたけど、
最近は、あまり注意を払うこともなくなっていた。

雑誌のネイルアート特集の写真に見とれてた私は、
目を上げ、ヒカリさんの指差す方向を見た。

あ… あの人だ! また来てくれたんだ!

「へ〜 やっぱりあの人なんだ」
「え? なにが?」
「とぼけたってだめヨ。君枝ちゃんウソがへたなんだから。
 目の中、お星様輝いてるよ〜 いっぱい」
「そんなこと… ない… けど…」
顔が赤くなるのがわかる。

「いいのよ、隠さなくても。そっか。あの人なのね〜 フムフム」
「………」
この間、ヒカリさんに話しちゃったの、失敗だったかも…


目の前にいるヒカリさんは、
最初の日から気さくに話しかけてくれた人。
この店では半年ぐらい先輩になる。

その前に1年ぐらい別な場所で働いてたらしい。
年齢は同い年。あとで聞いたら私の方が3か月年上だったけど。
この業界のことを何にも知らない私に、いろんなアドバイスをしてくれた。

最初の日。
教育係の人に何時間かでサービスについて教えてもらった。
とてもじゃないけど、急に覚えられるような量じゃなかった。

「じゃあとは、自分の好きなようにやっていいよ。
 お風呂とマットさえやってくれれば、まず大丈夫。
 ここ、お店もお客さんも、あんまりうるさくないから」

え? これだけ? 一通り全部やっただけで、これで終わり?
私は控え室に戻ったとき途方に暮れていた。

いちおう経験はそこそこあるけど、プライベートだけだし。
男の人に積極的にサービスしたこともあまりなくて。
教わったことがちゃんとできるかどうか、とても不安だった。
だいたい、最初にどんな話をすればいいんだろ?

私のそんな様子を見かねて、ヒカリさんが助け舟を出してくれる。
「どちらからお見えですか? って、最初は聞くの」
そんなことから始まって、親身になっていろんな事を教えてもらった。


最初の給料が出て、二人ともお休みのとき、
お礼にヒカリさんを食事に誘った。イタリアンのお店。
勤めてから3週間ぐらい経った頃。
で、結構ワイン飲んでいろんな話してるうちに、
私ポロッって言っちゃった。

「このあいだ来た…」
「?」
「お店に来た田中さんって言う人…」
「それって指名の人?」
「そう」

「もしかして… 君枝ちゃん、なんか、されたの? その人に」
「ちがうちがう。そうじゃなくて」
「?」
「なんか… えっと… いいかな〜って」
言ってて、自分の顔が赤くなってゆくのがわかる。

「え? ……ああ、そっか。そういうことね」
「ヘンかな? 私って。相手はお客さんなのに」
「ううん、全然ヘンじゃない。好きになることってあるし…」

耳元に口を寄せてヒカリさんがささやく。
「それだけじゃなくてさ」
「………?」
「なんか… 体が勝手に感じちゃう相手っていうのも… あるんだよね」

そう言われて、私は田中さんに抱かれた時のことを思い出してた。
そのときの興奮が、つかのま鮮明によみがえる。

「うん。それ… ある… かも」

「ふ〜ん。やっぱりそういうことか」
「え? あっ!」
「もう遅〜い!」
「………」
「いいんだよ。別に。
 うちら、商売だけど、少しぐらい楽しみがあってもいいんだし」
「あ、あ、」
「そっか。君枝ちゃんのそういうところ見ると、
 新人さんなのに、ご指名が多いの。なんか分る気がする」


「いらっしゃいませ」
あいさつをし、頭を下げた。田中さんは照れるように頭を下げた。
ここは女の子たちが来て、お客さんを案内するための狭い場所。
私はごく普通のスーツ。特にセクシーなものを着てるわけでもない。
OLの通勤着にしか見えない、クリーム色の大人しいデザインのもの。

「どうぞ。こちらへ」
エレベーターで私の「部屋」に案内する。
田中さん、落ち着かない様子でフロア表示ランプを見つめてる。
私は私で、変に気持ちがはしゃいでいた。表情には出さなかったけど。

部屋に入って、キスをする。
「恋人気分で…」というのがここのお店の売り。
とはいっても、あまりに気分じゃない人とは、やっぱり形だけになる。
でも、今こうしてるのって、それとは違う。

田中さんは一番最初の日の、5人のお客さんの1人。
一番最後の人だった。
ぎらぎらした目をした他の人とはちがって、
落ち着いた雰囲気の40歳ぐらいの人。なにかが違ってた。

そんなことを思い出してるうちに、
ずっとキスしたままだったことに気づく。
あわてて唇を離す。

「ごめんなさい、気分… 出しすぎちゃいましたね」
「あ、いや」
「そうだ、ちゃんと言わなくちゃ。本日はご指名有難うございます」
「ん、それは、まぁ…」

なんか… 間がもてない。


あせって、ひざまずいてベルトに手を掛けた。
はずそうとする私の手が止められた。
「いや、自分で脱ぐからいい」
前の2回も、そう、そう言っていた。いけない。忘れてた。

こちらに背中を向けて服を脱いでる間に、
自分も手早く下着だけになって、鏡の前で髪を束ねる。
振り向いたら、バスタオルだけになって椅子に座っていた。

KENT Light をカゴの奥から出して、差し出す。火をつける。
ご指名のお客様の吸うタバコは、必ず用意することになっている。
でも、これは田中さん専用の入れ物。自分でデパートで買ってきたもの。
なんか他の人と一緒じゃ嫌だった。些細なことだけど、私はこだわってた。

「そこに座っててください。お湯、入れてきますから」
このときって、結構恥ずかしい。
あんまり出てるとこが出てない自分の体型を、
ヒョコヒョコ歩き回って、お客さんにお見せしちゃう瞬間だから。
もう1ヶ月近く経つのに、まだこれだけは慣れることが出来ない。

今のうちにマット出しておこうかな?
そう思って立てかけてある所に行って手を掛ける。
「今日は、それ、いい」
「?」
「いや、やらなくていい」
「え?」


おずおずとそばに行って、座った。
「……私、やっぱり、下手…ですか?」
正直、自分でもあまりうまくないのが分かっていて、恐る恐る聞いてみる。
「え? あ、ちがうちがう。そういう気分じゃないだけ」
「そうですか…」

「それに、あんな風にサービスしてもらうの、実は好きじゃないんだ」
「………?」
「変だよね。ここに来てこんな事言うやつ、いないだろ?」
「ええ、まぁ。あまり、いらしゃらないですね」
「う〜ん。やっぱり」

「お風呂は?」
「いや、それは入る」
よかった。じゃそっちで思いっきりサービスだ。二人とも裸になった。
「どうぞ」

でも、湯船に入っても、やっぱりなにもさせてくれない。
逆に、いつのまにか膝の上に載せられて首筋にキスされて。
最後には後ろから抱きしめられて。
恋人に抱かれてるみたいな、妙に落ち着いた気分になってた。
高いお金払ってもらって、こんな風にしてもらっていいのかな?

お風呂から出て、体を拭いてあげる。
あそこは、部屋に入ったときからずっとカチカチになってた。
座っててもバスタオルの真ん中が盛り上がってる。
あ、今日もこれで私は… って思ったら、
私の奥の方が熱くなって、潤みはじめていた。

いつもなら、見えないようにそっと入れてるものは、
使う必要もない。
あまりにも正直な自分の体の反応に、驚いていた。

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