Wing epilogue 1/2
emergence の さなぎ さんが続編を書いてくれました。
ちなみに、私の希望により非エロでございます。
一味違う「さなぎワールド」をごゆっくりお楽しみください。



『 天使はきっと 君のそばに 』



「あーもう、どうしよう!ねえ、やっぱりスーツの方がいいのかなあ?」
「ちょっと落ち着いたら?羽実(うみ)」
「だって!ちょっとでも好印象与えたいじゃない?
 ねえ、ヒカリさん、時期的に白って変?でも清楚さを狙うなら……」
「大丈夫よ、何着ても可愛い、羽実なら」

クローゼットの中身をひっくり返してバタバタとファッションショーを繰り返
すわたしに、ヒカリさんはちょっと呆れたように笑って言う。

だけどそう言われても、どうしても落ち着かなくて。


先週のデート中だった。
その日は良く晴れて、慎吾とわたしはちょっと遠出してピクニック。
バスケットにはママ直伝の特製サンドイッチを一杯詰めて。
お腹も一杯になって、芝生の上でごろんと横になろうとする慎吾を、わたしは
膝枕してあげた。
涼しい木陰で、辺りにはあまり人もいなくて、まるでこの自然はわたしたちの
ためにだけ存在しているような、贅沢な、幸せな気持ちで鳴き交う鳥の声に耳
を澄ませていた。
すると慎吾が言ったのだ。

「羽実…結婚しよう」
「えっ……?」

それはあんまりにも突然のプロポーズ。
だってわたしたち、まだ付き合いだしてから3ヶ月しか経ってない。
出会ってからはもう1年くらい経つけど、まさかこんなに早くそんなことを慎
吾が言い出すなんて、思ってもいなくて。

びっくりして膝の上の慎吾を覗き込むと、彼は目を瞑って、口元にきゅっと力
を入れていた。
緊張している時の、彼の癖。
頭しか乗っていないのに、なんだか膝に慎吾の鼓動が伝わってくるようだった。

「…………俺、外した?」
「違うよ、違う!ちょっとびっくりして……」

慌ててバタバタ手を振ると、慎吾は起きあがって、わたしをじっと見つめたあ
と、うつむいた。
頬が赤くなってる。

「まだ俺たち付き合って間もないんだけどさ…
 それでも羽実のことはよくわかるっていうか……。
 なんか結婚するなら絶対羽実だな、とか思って……
 そう思ったらもう言わずにはいられなかったんだよ」

照れくさそうにそう言う慎吾。
私はやっとそこで、その言葉が夢で聞いている言葉じゃないってわかって、わ
かったらなんだか泣けてきて……。

「な…なんで泣くんだよ」
「うん……」
「え?」
「わたしも慎吾のお嫁さんになりたい……」

泣きながら、笑顔を作るわたしに、慎吾は心底ほっとした顔をして、そしてす
ごーく嬉しそうな笑顔になって。
そっと重ね合ったくちづけは、今までしたどんなキスよりも、あたたかくて幸
福な味がした…………


「羽実?どうしたの?」
「あっううん!ちょっとプロポーズされた時の事思い出しちゃって」
「もお、でれでれしちゃってえ、こいつぅ」

おそらくにやけ笑いが戻らなくなっているわたしを、ヒカリさんは肘で小突く。

そう、その日の帰り彼は言ったのだ。早速、羽実を父に紹介したいって。
それが明日である。
だからわたしは、明日着ていく服を迷って大騒動しているというわけ。

「はあ、なんだか本当にお嫁に行っちゃうのねえ……」
「まだ先よ、来年の秋の予定だもの」
「でもねえ、あの小さかった羽実が、結婚する年になるんだもんねえ。
 あたしも年取ったって事か」

そう言いながら、煙草に火を付けようとするヒカリさんは、とてもママと同い
年くらいには見えない。まるでお姉さんみたい。

わたしが17の時、ママは病に冒されて逝ってしまった。
まだ40才にもなっていなかった。
わたしにパパはいない。わたしが生まれる前に、事故で亡くなってしまったの
だとママは言っていた。

あまりにもあっけなかったママの死。
私は天涯孤独の身になってしまった。

ヒカリさんは、わたしを幼い頃から可愛がってくれる、ママの親友だった。
私が生まれる前から、ママとは仲良くしていたらしい。
呆然とするわたしの代わりに、まるで肉親のようにママの葬儀を取り仕切って
くれ、葬儀が終わって、ぽつりと言ってくれたのだ。
「羽実ちゃん、あたしと暮らさない?」と。

その日から、ヒカリさんは本当の肉親になってくれたように思う。
母親代わりというよりは、年の離れた姉のような存在。
一緒に暮らしはじめても、しばらくはなんだか現実味が無くて、ママがもうこ
の世にいないことがどうしても信じられなくて、泣くことすら出来なかった。

だけどある日の夜、ヒカリさんがママの思い出話をぽつりぽつりと聞かせてく
れたのだ。

わたしがお腹に宿っているとわかった時、どれだけママが嬉しそうだったか。
決して安産ではなく、何時間も頑張って頑張って、ひとりでわたしを産んだこ
と。
仕事をしながらひとりでの子育てはさぞ大変だったろうに、愚痴ひとつこぼさ
なかったこと。
ママにプロポーズする人はいたが、死んでしまったパパのことが忘れられなく
て、頑なに独りを貫いていたこと……。

「君枝……羽実ちゃんがいて、幸せな人生だったと思う。
 最後も苦しまないで……眠るように召されて……
 …………でも、もう会えないんだね……」

涙を堪えながら空を仰ぐヒカリさんを見て、わたしの目からも堰を切ったよう
に涙が溢れ出した。

もう、ママに会えない。
わたし、こんなにママに大変な思いをさせたのに、もう何一つ返せない。
親孝行らしいことなど少しもできないまま、ママは逝ってしまった――――

二人で抱き合って、声を放って泣いた。
泣いても泣いても
あんなに悲しい夜はなかった。

ヒカリさんは言っていた。

「君枝ね、羽実ちゃんのこと、天使だって。
 この子の背中に、いつも翼が見える気がするって。
 天国のあの人がくれた最高のプレゼントだって。
 私には君枝も天使だったように思うよ。
 あまりにもいい子だったから、神様に愛され過ぎたのね……」


ヒカリさんに気付かれないように、こっそり目尻にたまった涙を拭った。
あの日のことは何度思い出しても泣けてきてしまう。

「君枝に報告はした?」
「したした!真っ先にした!……喜んでくれてるかなあ……」
「当たり前じゃない。きっと、天国で笑って見てるよ、この有様もね」
「ひどーい。ふふふ」

わたしはクローゼットの奥にしまってある、細長い箱を取り出す。
ママの形見とも言える、ピンクトパーズのペンダント。
わたしは淡いピンク色の石の付いたこのペンダントが好きで、いつもママに見
せてくれってねだっていたっけ。
パパに貰ったという大切なペンダントを、ママが着けることは滅多になかった
のだけど。

「……これ、明日なら付けてもいいよね?なんだか心細いんだもん。
 これ着けてるとママと一緒にいるみたいで、安心できるから」
「いいんじゃない…?君枝にも見せてあげなよ、未来の旦那様」

わたしを鏡の前に座らせ、ヒカリさんがペンダントをかけてくれる。
鏡越しにわたしを見つめるヒカリさんは、懐かしそうに目を細めた。

「そっくりだね……君枝に。一番の形見は、羽実だね」

肩に添えられた手に、手のひらを重ねた。
二人とも、泣き笑いのような、何とも言えない顔をしている。

わたしを残して逝くことを、何度もゴメンねと謝っていたママ。

ねえ、ママ、見えますか?
わたしは幸せだよ。
ママが見守っていてくれるおかげで、いい人達に囲まれて。
そして、生涯の伴侶も見つけられて……。

「うん、これに合わせるなら、白がいいね。
 このアイボリーのワンピースなんかいいんじゃない?」
「そうかな、気に入って貰えるかな?お父さんに……」
「あったり前じゃない!こんないい子を気に入らないわけない!」

バーンと背中を叩かれて、思わず前へつんのめる。
わたしのリアクションに、ヒカリさんが笑い出す。つられてわたしも。
二人で仲良く、散らかした洋服を片付けながら、わたしはとても幸せな気持ち
を噛みしめていた。






「なんだぁ?オヤジ、こんなに空けて……」
「おお……」

慎吾はキッチンのテーブルにゴロゴロしているビールの空き缶を手にとって、
父、慎一郎をみやる。
かなりの本数を空けているにもかかわらず、あまり酔っている様子はない。

テーブルの上には、2枚の写真もあった。一枚は一昨年逝ってしまった母の写
真。もう一枚は随分古ぼけた写真で、端の方は少し黄ばみ始めていた。

「これ、誰?」

若かりし頃の父と、肩を組んで楽しそうにフレームに収まっている、優しげな
男を指さして、慎吾は尋ねる。

「会社のなあ、同期入社で、父さんの親友だったやつだよ。
 お前が生まれた年に死んじまったけどな……」
「へえ、なんで」
「交通事故だった。本当にいいヤツだったのに……。
 あの時の子供、もう結婚するような年になったんだぞって、
 報告してたんだよ」
「そうか……」

テーブルを挟んで父の向かいに腰を降ろし、まだ開いていないビールを開ける。
父は手にしていた缶を全てあおり、ふう、と溜息をついた。

「なんだかなあ、世の中ってやつはどうでもいい人間ばっか生き残って、
 本当に惜しい人間はバタバタ死んでいくんだな。
 母さん然り、田中然り……。田中なんて子供もまだ小さかったのになあ…」

母がガンで逝ってしまってから、父はめっきり老け込んだ。
目に見えて白髪も増え、独りで母の写真を前にこうして飲むことが常になった。
無理もない。
本当に仲のいい夫婦だったし、俺たちはとてもいい家族だった。
俺とて辛くて堪らなかったが、父の気落ちの方が数倍ひどいものだった。
父を喜ばせたい、元気付けたい。そんな思いからも決めたこの結婚だ。
もちろん羽実とだからこそ、決断する気にもなったのだが。

「明日は大事な日なんだから、そろそろやめろよ。飲み過ぎじゃないか?」
「ああ、なんていったっけ、お前の彼女」
「羽実、だよ。羽っていう字に、実るって書いて」
「いい名前だなあ……きっといいご両親なんだな……」
「あ……羽実に家族のこと尋ねるなよ、あいつの両親も、もう」
「……そうなのか」

そう、そしてもう一つ。羽実の家族になってやりたい。
彼女には今、肉親と呼べる人はいない。
母親の友人だという女性と一緒に暮らしていて、本当の家族のように仲はいい
らしいのが救いだが、その人でなく、俺が、羽実が安住できる場所になってや
りたいのだ。

「田中にはな……愛人もいたんだ」
「ええ?最低だな」
「まあそういうな。そりゃあ誉められたことじゃない。
 だけどなあ、あいつは本当に不器用で……。
 彼女のことも奥さん同様愛していたんだと思うよ。遊びなんかでなく。
 不思議なヤツだった」
「ふうん、俺なら有り得ないけどね、そんなの」
「葬式の日、無表情を必死で装おうとしてた彼女が忘れられないな。
 俺だけは知っていたんだ、彼女の存在を。君枝さん……っていったっけな」

飲むと昔語りをしたがる父。いつもは少し鬱陶しいのだが、今日は何となく、
もう少し聞いてやりたい気分になっていた。
その田中という元同僚の話が、気になった。

「奥さんも、愛人も、両方好きになっちゃったってこと?」
「愛人なんていうと田中に怒られそうだな。そんな雰囲気じゃなかった。
 本当に好き合ってる、恋人同士とでも言えばいいかな……」
「でも不倫だろ?」
「慎吾、お前は一生涯で、心底惚れる相手って一人きりだと思うか?」

思いもかけず真面目な口調の父の言葉に、少しだけ怯む。

「そう……思うけど」
「人生なんて何が起こるかわからん。
 爺さん婆さんになるまで連れ添っていけると思っていた母さんは
 死んじまうし、この女だと決めた相手と結婚してから、
 同じくらい惚れちまう相手に出会っちまうこともある……」
「……」

なんだか何も言えなくなってしまった。
俺は今羽実を真実愛しているけれど、この先のことなどわからないかもしれな
い。

「はは、結婚しようとしてる息子に言うことじゃないな。
 だがな、慎吾、今を大切に生きろ。
 一瞬一瞬、後悔ないように最良の選択をしろ。
 人生の終わりなんて、いつ来るかわからん……」

そう言って父は、古ぼけた写真を手にとって眺めた。

「彼女にもなあ、子供が出来てたんだよ。
 どうしたんだろうなあ、あれから……」


しっかりして見えたが、父はやはりかなり酔っていたらしい。そのままそこに
突っ伏そうとする父の肩を担いで、布団へ運んだ。
一仕事終えて、キッチンを片付ける。
ゴミ袋にポイポイと空き缶を放り込みながら、慎吾は羽実のことを考えていた。

羽実の母親も、シングルマザーだったと聞く。
羽実の生まれる前に父親は事故で亡くなったそうだが、母親が死ぬ間際、羽実
に言ったそうだ。
パパとは、結婚していなかった。だけどどうしてもあなたを産みたかった、と。

真実の愛だったかもしれない。
だけどなんて悲しい愛の形だろう。
世間には認められず、どんなに幸せでも陽の目を見ることはない関係。
きっとほんの少しのタイミングの差で、それは決まってしまっていた。

俺は、絶対幸せにする。
堂々と、暖かな家庭を羽実と築いていく。
羽実にはそんな悲しい思いなど、絶対にさせやしない……。

今を大切に生きろ。

慎一郎の言葉が、深く深く、慎吾に感銘を与えていた。



Wing epilogue1/2