御岳山


妻のスマホにLINEを送った。

 
 
 
 
19:20
http://file5.rdy.jp/fam/
20180819mitakesan/


御岳山行く?




日曜日に一人で行った御岳山。
新宿駅から赤い電車のホリデー快速で1時間20分。
緑の木々、突き抜ける青空、波立つ川面を見て、
隣の駅で、ざるそばと日本酒。そして温泉。

妻の好きそうなコースだった。
蔵元が経営してる店なんで、ブランドラベルなしのほんとの生酒。
おまけに御嶽駅の川べりにはラフティング教室もあったし。

とっくにSIM契約は解約してるけど、スマホ自体はまだwifi動作中。
LINEのアカウントも生きてる。
これは行きたかったろうな、って思った。ただそれだけだった。



そんなメッセージを送ったことも忘れて数日経った土曜日の午後、何気なくLINEを見る。

 
 
 
既読
19:20
http://file5.rdy.jp/fam/
20180819mitakesan/


御岳山行く?


既読。
最初はなにがおかしいのかすらわからなかった。
事態に気づく。

あわてて充電切れの妻のスマホに電源をつなぐ。
もどかしさに気が狂いそうだ。
赤いバッテリー切れのマークが点滅を続ける。

ようやく起動しLINEの画面までたどり着く。
しかし、私の送ったメッセージはそこになかった。

自分の画面には送信した形で既読となっているのに。

妻のスマホを目の前に置き、自分のスマホで文字を打つ。

『つながってるのか?』
『そう』

間髪を入れず返信があった。
私の画面にはこのやりとりがあるが、妻のスマホにはなにも表示がない。

なぜか……なぜかつながっているんだ、今。

理由を知りたいところだけどもっと重要なことがある。
時間は……あとどれだけの時間が私達にはあるんだ?!

『タイムリミットは?』
『今から24時間だって』
今午後2時だ。明日のこの時間までか。
十分だ、彼女に伝えたいことをすべて言うには。

『ということで、明日、二人で御岳山行ってみる?』
私の結論。最後の一日。私達の。かなうのならば。二人だけで

『おっけ~~』
彼女の結論。至って陽気。

『じゃ、明日の朝6時15分、新宿駅の南口構内のドトール前で待ち合わせ』
と言ってきたのでびっくり。普通に生前の姿になれるのだろうか?
詳しくは聞かなかったが。

どんな感じなんだろう。わからないけど明日は『彼女』とハイキングデート。
そういうことで。まいっか。



行ってみたら驚いたことに妻は普通にそこにいた。いつものハイキングの格好をして。

「俺的に、けっこうびっくり」
「だよね」
「で、午後2時までのシンデレラ?」
「そう」

「じゃラフティングはなしで」
「え~~~っ!? やる気だったのに~ 着替えだってちゃんと」
「気持ちはわかるけど、こっちがばてるから。時間もないし」
「……しょうがないか。病み上がりで体力ないもんね、私の彼氏は」

つい最近一人で行ったのと同じコースを二人で巡る。

歩いているあいだは静かで。
そう。一緒に見る最後の景色だから。記憶に刻み込むように。

バス待ちとかの時間には思い出話をした。

高校の頃の話、大学の能登旅行とか、結婚して子供が生まれて。
みんなでビンタンで海越えのショットにチャレンジしたり、
義母も交え5人で北海道をレンタカーで釧路から女満別まで北上したり、
いつか子供達が結婚し孫が生まれ、一升餅しょわせて泣かせて。

「おいしい~」
特上の笑みをうかべ、妻がわたしのおすすめの酒を飲んでいる。

「だろ?」
こっちは、もつ煮込みを口にする。

見回せば緑がきれいだ。

文句を言ってはいけない。
たとえ一日でも、この人を見ていられたのだから。

「またまた」
神妙な顔をしていた私を妻がからかう。
しかし彼女も泣きそうだ。

「ま、飲もう」
「そうだね」
泣いても笑っても時間は過ぎていくのだから。


露天風呂を上り、館内の喫茶店でアイスクリームを食べながら告白した。

「あのさ、高校2年17歳の正月のあの初デートからさ、
 44年と3ヶ月と19日、ずっと一緒に居て楽しかった。
 そのことだけはちゃんと言っておきたくて」

このことを伝える間もなく、君はあの世へ旅立ってしまった。
これだけはちゃんと、感謝の気持ちとともに。

「わたしも、おんなじ。すごく楽しかった~ あなたと二人で」
「……でも時々怒ってたりあきれてたり、というのはあったよね?」
「うん、おもにあなたが原因でね」
「というか全部俺だな。赤ん坊が泣いてるのにプログラムしてたり」
「あったあった」
「あんときゃ、三日間、ひとっことも口利いてもらえなかったし」
「ま、あたりまえだね。三行半じゃなくてよかったと思わなきゃ」
「まぁね」

『この子は私とあなたの子供なの! だから二人で育てるの!』

泣きながら私に訴えた妻の顔を、私は忘れたことがない。
20代半ば、結婚して子供もできたのに幼すぎた私に、
きついストレートパンチだった。


私たちは温泉のあるビルから河辺駅に向かって歩道橋を歩いていた。

「もうじき…」
「?」
「もうじき消えるから私」
「そっか」

駅の時計が2時になろうとしていた。

「ほんとに、幸せだったからね」
「あぁ、おれもな」

つぎの言葉はなかった。
先ほどまで腕にあった感触は消えていて、
横を見てもそこには誰もいない。

探すことはしなかった。
もういないのだから。ほんとうにいないのだから。

私は駅へと向かった。

東京行きの電車に乗ると、
君の居ない日常が、再び始まった。


Fin

2018/08/22 サイトオリジナル


でもすこしだけ、
昔の思い出に、ひたってもいいだろうか。
せめて新宿に着くまで……

懐かしい日々